2020年5月号 [Vol.31 No.2] 通巻第353号 202005_353002

植生のサイズに基づいて呼吸速度のモデル推定精度を向上

  • 地球環境研究センター 物質循環モデリング解析研究室長 伊藤昭彦

1. 研究の背景と目的

地球温暖化のメカニズムを正しく理解し、適切な対策を講じるには、その最大の原因物質である二酸化炭素(CO2)の動態と収支を解明する必要があります。陸上生態系は、地球上のCO2循環において大きな役割を果たしており、植生(木や草など植物の集団)の光合成による大気からの吸収と、植生および微生物の呼吸による大気への放出が主な経路となっています。

光合成で固定されるCO2については野外から人工衛星まで様々な手法で観測が行われ、グローバルな把握が進められてきました。一方、光合成で固定されたCO2の半分程度は植生自身の呼吸で再び大気に放出されると考えられてきたものの、その量は観測やモデル推定が難しく、炭素収支の定量的な評価において大きな不確実要因として残されていました。そこで、植生の呼吸速度を決める要因の1つであるサイズ(ここではバイオマスの重量)に着目し、グローバルなモデルに適用可能な呼吸速度の推定方法を開発することを目的に、研究を行いました。

2. 2つの仮定に基づいた研究手法

本研究では2つの仮定に基づいて植生の呼吸によるCO2放出速度を推定する方法を開発しました(図1参照)。

仮定1:植物の個体あたりの呼吸速度は代謝速度と個体の重量の関係で表される
生物の個体サイズ(重量)と代謝(生物が行うエネルギーや物質の変化)の関係は昔から調べられており、重量に単純に比例するわけではないことが分かっています。近年の研究により、呼吸をはじめとする代謝速度と個体の重量の関係(スケーリング則[1])はべき乗[2]の形の関係式で表されることが示唆されています。

仮定2:植生に含まれる植物個体の平均的なサイズは密度効果の法則(密集する植生の個体サイズは一般に小さい)に従う
個体の密度が高い混み合った植生ほど、その中の個体ごとの平均的なサイズは小さくなる傾向が見出されています。古典的な実験により、この密度と個体サイズの関係もべき乗の形の関係式で表現されることが示唆されています。

これらの仮定から、全体の重量をWVとしたときの植生について、単位重さあたりの呼吸速度(rA)を表すモデルを導き出しました。

rA = c · WVβ(α − 1)/(1 + β)

ここでαは仮定1のべき乗の指数、βは仮定2のべき乗の指数です(cは係数)。

図1 植生の呼吸速度を推定する方法の概念図

実際にこのような関係が成り立つかを確認し、関係式の指数の値を求めるため、様々な場所で調査された植生サイズと呼吸速度のデータ[3]を収集し、解析を行いました。

3. 植生のサイズと植物の呼吸速度の関係は

世界のさまざまな植生(森林や草地)での観測結果を報告した143件の文献データをとりまとめたところ、図2のような関係が得られました。多様な植生を含むにもかかわらず、植生のサイズが大きくなるほど、単位重さあたりの呼吸速度は明らかに低下する傾向が見られました。その関係は、仮説から予想されるようにべき乗の数式(図2の黒線)でほぼ表され、その指数は−0.535となっていました。過去の生態学的な研究から、αは0.67〜1、βは−1.5前後とされていましたが、上記の指数はそれらの値から予想される範囲の値になっていました。つまり、世界の植生の呼吸速度を決めるサイズの影響を、生物の代謝や密度に関する理論に基づいて解釈することができたことになります。

図2 文献値より得られた植生のサイズ(重量)と単位重さあたりの呼吸速度の関係。縦軸と横軸は対数メモリであることに注意

上記で得られた関係式を用いて、世界の植生の総呼吸速度を求めました。植生バイオマスのグローバルなマップに図2の式を当てはめたところ、図3の分布が得られ、年間呼吸速度は64ギガトン(炭素重量に換算)と推定されました。この値は、これまでの植生モデルによる計算や炭素の収支から推測されてきた値に近く、観測データに基づく新しい方法で、植生の呼吸によるCO2放出量を確認することができました。本研究成果を発表した論文中では、現在使用されている植生モデルでこれらの関係や呼吸分布がどのように再現されているか、また植生データベースにおける測定範囲との比較などの検討を行っています。

図3 本研究で推定された植生の年間呼吸速度の分布。赤い領域(主に熱帯雨林)で呼吸速度が高いことが分かる

4. 将来予測の精度向上に期待

本研究で得られた関係式や、植生の呼吸速度の分布は、陸域生態系によるCO2吸収などの炭素循環をシミュレートするモデルの検証や高度化に用いることができます。ここではグローバルな陸域植生の呼吸速度として、光合成の半分強に相当する重要なフローであることを明らかにする新たな推定結果が得られました。本研究では、現在の植生呼吸について調べましたが、ここで得られたサイズとの関係式は気候変動や土地利用が進む将来にも適用することが可能と考えられます。つまり、環境変動によって植生バイオマスが増減した場合の呼吸を正しく推定することで、将来のCO2動態や収支、ひいては植生のフィードバック[4]を考慮した気候の予測にも貢献すると期待されます。

呼吸を含む代謝プロセスは非常に複雑で、本研究ではサイズに着目しましたが、実際には温度や窒素など様々な要因にも左右されます。今後は、他の要因やプロセスにも注目しつつ、モデルの高度化を進めていく予定です。

発表論文

Ito, A. (2020). Constraining size-dependence of vegetation respiration rates. Scientific Reports. 10:4304. doi:10.1038/s41598-020-61239-0

脚注

  1. スケーリング則とは、ここでは自然界の現象で見られる、異なるサイズの間をつなぐ関係性を示す法則のことです。本研究で取り上げた代謝・呼吸だけでなく、生物の形態や寿命など様々な現象について研究が行われています。
  2. べき乗の関係とは、2つの変数(例えばXとY)の間の関係がY = a · Xbのように指数関数で表されることを指します。ここでaは係数、bはべき指数またはスケーリング指数と呼ばれます(bが1の時は正比例)。べき乗の関係が成り立つとき、両辺の対数をとってグラフにすると直線的な関係になります。
  3. 植生のバイオマス(重量)と呼吸は、いくつかの生態学的な方法で測定することができます。草原のように丈が低い植生なら直接刈り取りし、森林のように丈が高い植生なら樹木の直径と樹高を測って換算することで体積や重量を求められます。呼吸速度は、器官ごとにサンプルを採ってチャンバーに入れ、一定の温度や光の条件下で測定することで測定が可能です。近年では植物の幹や根に直接チャンバーを設置するなど、新しい方法も使用されています。
  4. 植生の光合成と呼吸によるCO2交換により、人為起源のCO2を正味で吸収すれば温暖化には負のフィードバック効果、逆に正味で放出すれば正のフィードバック効果になります。

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