2020年3月号 [Vol.30 No.12] 通巻第351号 202003_351002

AGU Fall Meeting 2019参加報告 1 温室効果ガスとクロロフィル蛍光の衛星観測の動向

  • 地球環境研究センター 衛星観測研究室 特別研究員 押尾晴樹

1. はじめに

米国地球物理学連合(American Geophysical Union: AGU)の秋季大会(Fall Meeting)が2019年12月9日から13日までアメリカ合衆国サンフランシスコのMoscone Centerで開催された。AGU Fall Meeting は2016年まで40年以上同市で行われてきたが、会場建物の老朽化による建て替えのために2017年はニューオーリンズで、2018年はワシントンD.C.で開催された。そのため3年ぶりに従来の場所に戻っての開催となった。また、2019年にAGUは創立100周年を迎えており、記念すべき年における大会となった。100以上の国から25000人を超える参加者があったとのことである。

写真1 会場のロビーの様子。コーヒーブレイクのときには人で溢れ、あちらこちらで活発な議論が行われていた

筆者はBiogeosciencesのセクションでGOSATとGOSAT-2による太陽光誘起クロロフィル蛍光(Sun Induced chlorophyll Fluorescence: SIF)[1]の観測に関する発表を行った。本報告では、SIFとGOSATシリーズの主要な観測対象である温室効果ガスの衛星観測に関する研究の動向を紹介する。

2. クロロフィル蛍光の衛星観測の動向

初日の月曜日にBiogeosciencesのセクションで「Sun-Induced Chlorophyll Fluorescence as a Proxy of Photosynthesis: Measurements, Modeling, and Applications from Field, Airborne, and Satellite Platforms」というセッションが開催され、7件の口頭発表と23件のポスター発表があった。筆者はこのポスターセッションで発表を行った。今回は、地上観測から衛星観測まで、さらには観測そのものから光合成研究といった応用まで含めたセッションであり、観測方法、空間スケール、研究対象が異なる研究の最新の成果を一度に見ることができる貴重な機会となった。

今回特に目を引いたのは、2017年10月に打ち上げられた欧州宇宙機関のSentinel-5P 衛星に搭載されたTropospheric Monitoring Instrument(TROPOMI)というセンサによる観測結果である。これまでSIFの衛星観測はGOSATも含めて複数の衛星で行われてきたが、TROPOMIはおよそ7kmの空間分解能でほぼ隙間なく全球を一日でカバーしており、時空間分解能が飛躍的に向上している[2]

オクラホマ大学のR. Doughty博士からは、アマゾン熱帯雨林において、従来から用いられてきた衛星植生指数(緑量に関連)、TROPOMIのSIF、フラックスタワーによる光合成量の時間変化を詳細に解析した結果が発表された。乾季になっても、森林では、植生指数、SIF、光合成量は低下せず、乾季の中盤から増加し始めることが報告された。これまでは乾季に光合成量が増えるかどうか様々な議論がなされてきた。今回の結果は、乾季に緑量と光合成量が増えていることを示す強力な証拠と考えられる。また、NASAのN. Parazoo博士からは、複数の衛星のSIFデータを統合して時空間的に抜けの少ないデータセットを作る取り組みが報告された。植生の状態は時々刻々と変化しているのに対し衛星観測はスナップショットであるから、このような取り組みが重要となる。現在は、SIFの航空機観測や地上観測のネットワークも急速に広がっており、今後は統合データのためのデータ補正や検証、統合データによる光合成活動の理解へ向けた研究が進んでいくとみられる。

3. 温室効果ガスの衛星観測の動向

Atmospheric Sciencesのセクションで「Remote Sensing of CH4 and CO2 from Space: The Expanding Observing System」などのセッションが開催された。このセッションでは大会4日目にポスターセッションで34件の発表が、5日目には口頭セッションで23件の発表があった。口頭発表は二酸化炭素に関するセッションやメタンに関するセッションなどに分けられた。地球環境研究センターからは、松永衛星観測センター長をはじめ6件の発表があり、主にGOSAT-2に関する報告がなされた。

写真2 GOSAT-2のレベル2プロダクト(温室効果ガス気柱平均濃度や雲識別結果など)の進捗について口頭発表を行う松永センター長(上)、GOSAT-2の温室効果ガス気柱平均濃度の初期結果についてポスター発表を行う吉田主任研究員(下)

二酸化炭素については、2019年4月に打ち上げられたNASAのOCO-3に関して、アメリカの複数の研究者から発表が行われた。いくつかあった不具合も改善しつつあり2020年春にはレベル2データがリリースされる見込みとのことである。OCO-3は国際宇宙ステーションに搭載されており、従来の温室効果ガス観測衛星とは軌道が大きく異なる。そのため二酸化炭素収支の解明に新たな情報を提供することになる。

メタンについては、TROPOMIの観測結果が注目を集めていた。オランダ宇宙研究所のS. Pandey博士からは、TROPOMIのメタンデータを使ったインバージョン解析により、吸収排出源を推定した結果が発表された。アメリカの天然ガスなどの化石燃料採掘現場における結果は、インベントリの予測値の2倍以上の排出量を示していた[3]。またスーダンの湿地においても高い排出が捉えられた。湿地についてはエディンバラ大学のM. Lunt博士からも同様の傾向を示す報告があった。TROPOMIの高い時空間分解能によって、人為起源と自然起源をより正確に分けることができ、信頼性の高い結果が得られるとのことである。

NASAのD. Crisp博士からは、複数の温室効果ガス観測衛星のデータを統合して、時空間的に抜けの少ないデータセットを作る構想が発表された。そのためのデータ校正や相互比較の重要性、その実施計画などが述べられた。個々の衛星の観測、温室効果ガス量の導出、検証については多くの研究が重ねられてきた。今後はそれらに加えて、複数の衛星を統合的に用いて、炭素収支の理解を深めたり見積もりの不確実性を減らしたりする研究が進められると考えられる。

脚注

  1. クロロフィル蛍光とは植物が光合成を行う際に発する微弱な光である。植物生理生態学の分野では、以前から主に室内実験で光合成系の状態を測定するために利用されてきた。2011年にC. FrankenbergらやJ. Joinerらにより、GOSATの観測データからSIFを導出できることが示されて以来、SIFの衛星観測は陸域生態系の炭素吸収活性の新たなモニタリング方法として注目を集めている。
  2. これまでSIFの衛星観測はGOSAT、欧州気象衛星機関のGOME-2、NASAのOCO-2などにより行われてきた。しかし、1回の観測の空間分解能は比較的高い(GOSATは10km、OCO-2は2km)が観測同士の間は広く開いている、または観測は隙間なく行われるが1つの観測の空間分解能は低い(GOME-2は40km)という状況であった。
  3. このような傾向は以前から地上観測や航空機観測により指摘されてきた。今回のTROPOMIの結果は、そのような地上観測や航空機観測などの結果と整合的とのことである。地上観測や航空機観測はキャンペーン的に行われてきており定常的に実施するのは難しい。今回の結果は、既存の観測衛星にTROPOMIが加わることで、従来よりも詳細にかつ定常的に排出源を監視できる可能性を示している。

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