2020年2月号 [Vol.30 No.11] 通巻第350号 202002_350005

環境研究総合推進費の研究紹介 25 脱炭素社会の実現に向けた日本とアジアの連携 環境研究総合推進費2-1908「アジアにおける温室効果ガス排出削減の深掘りとその支援による日本への裨益に関する研究」の概要

  • 社会環境システム研究センター 統合環境経済研究室長 増井利彦

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1. 2°C目標や1.5°C目標に向けてアジア各国は何をしなければいけないか?

国立環境研究所のAIM(アジア・太平洋統合評価モデル)チームでは、みずほ情報総研、京都大学等と連携して、2019年度から環境研究総合推進費において「アジアにおける温室効果ガス排出削減の深掘りとその支援による日本への裨益に関する研究(課題番号2-1908;2019年度〜2021年度)」という課題を開始しています。パリ協定で世界の平均気温上昇を産業革命前から2°Cよりも十分低い水準に抑える「2°C目標」や努力目標としての「1.5°C目標」が掲げられています。しかしながら、現在、各国が自主的に定めた2030年付近の温室効果ガス(GHG)排出削減目標(Nationally Determined Contributions: NDCs)ではパリ協定の目標達成には不十分で、さらに野心的な排出削減目標の設定が求められています。特に、アジアでは今後も高成長を期待している国が多く、経済発展と大幅な温室効果ガス排出削減をどのように両立するかが課題となっています。こうしたなか、日本における省エネ技術に対するアジア各国の期待は大きく、また、2019年6月に閣議決定された長期戦略(パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略)にも示されているように、日本においても脱炭素につながる技術やインフラの輸出を通じて世界全体の脱炭素社会の実現への貢献と日本への裨益ひえき(ここでは特に経済的な便益)が期待されています。図は本研究の全体像を示したもので、3つのサブテーマで構成されています。

 環境研究総合推進費2-1908の全体像と概要 サブテーマ1では、ライフスタイルや産業構造などの将来シナリオを作成し、サブテーマ2で収集される情報をもとに、応用一般均衡モデルやスナップショットツールを使って対象国のGHG排出削減によるマクロ経済への影響を評価します。また、日本が技術輸出等を行った場合の日本への影響も分析します。 サブテーマ2では、技術情報などを各国と共同で収集し、サブテーマ1で作成される将来シナリオに対して、技術の導入によるGHG排出削減目標の深掘りや長期戦略の定量化を、技術選択モデルを用いて行います。 サブテーマ3では、世界を対象としたモデルを用いて、2°C目標や1.5°C目標を実現する各国のGHG排出量経路を推計します。

2. アジア各国は脱炭素社会に向けて日本に何を期待しているか?

アジアの途上国がどのように発展すればよいか、それに対して日本がどのように貢献できるか、さらにそうした活動が日本の経済活動にどのような利益をもたらすかという、まさにアジア各国と日本がWin-Winとなるような温室効果ガス排出削減の取り組みを、この課題では評価、分析しようとしています。しかしながら、アジア各国は経済発展の程度や文化、気象条件など非常に多様です。そこで、この課題では、これまでにAIMチームが構築してきたアジアにおける研究協力を活かして、アジア各国の特性を活かした気候変動緩和策とその評価を行いたいと考えています。写真は、AIMチームが2019年11月につくばで開催した第25回AIM国際ワークショップの参加者です。これまでもアジアの研究者が連携して共同研究を実施してきましたが、今回の研究課題はそれを更に進める形で行います。また、2019年11月にはAIM国際ワークショップの後に、推進費2-1702と共同で一般国民向けのシンポジウム「低炭素社会から脱炭素社会を目指して」を開催し、アジアにおける脱炭素社会への取り組みについて中国、タイ、インドネシアの研究者から報告していただきました(発表資料は、http://www-iam.nies.go.jp/aim/event_meeting/2019_ertdf_symposium/2019_ertdf_symposium_j.htmlに掲載しています)。アジア各国と連携することで、それぞれの国での研究ニーズや気候変動緩和策に関する情報が得られるほか、日本に対してどのような期待を持っているのかもこの研究課題で明らかにしていく予定です。先進国がこれまでに歩んできたような高環境負荷型の経済発展ではなく、今から経済成長と環境保全を両立できるような発展経路を明らかにし、そのために必要な技術や社会の変化を国別に定量的に示していくことが最終的な到達点となります。

写真 2019年11月18–19日に国立環境研究所で開催した第25回AIM国際ワークショップに出席した国内外の研究者(日本を含めて14ヵ国から約80名が参加)

3. アジア各国の脱炭素社会シナリオの定量化とその実現に向けて

まだこの研究課題は始まったばかりですが、インドネシアやタイを対象としたモデル開発を行い、両国のNDCの評価や長期戦略について分析を進めています。インドネシアについては、既にインドネシア政府が表明しているNDCの評価に加えて、NDCの深掘りについての定量化を進めています。タイについては、タイ政府との政策対話も行い、長期戦略も含めた分析に向けた議論をタイの研究者と進めています。このほか、インドや中国からの特別研究員(ポスドク研究員)が、それぞれの国の技術選択モデルや応用一般均衡モデルを開発し、2°C目標や1.5°C目標の実現に向けた取り組みについて分析を行っています。さらには、ラオスからの留学生を受け入れ、ラオスを対象としたモデル開発も開始しています。AIMチームでは各国の政策ニーズにあわせたモデル開発と将来シナリオの定量化を通じて、若手研究者の人材育成も含めた脱炭素社会の実現に向けたロードマップを提示していきたいと考えています。

*AIMチームによるアジアの人材育成については、『環境儀』No.74(http://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/74/02-03.html)に詳細を掲載しています。

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