2020年2月号 [Vol.30 No.11] 通巻第350号 202002_350001

新しい学問の芽を、これまでの研究成果の上に継いでいくのに必要なこととは —平朝彦さんに聞きました—

  • 地球環境研究センターニュース編集局

地球温暖化・気候変動の研究者や地球環境問題に携わる方にその内容や成果、今後の展望などをインタビューします。今回は、海洋研究開発機構の平朝彦さんに、地球環境研究センター長の三枝信子がお話をうかがいました。

平朝彦(たいら あさひこ)さんプロフィール

国立研究開発法人海洋研究開発機構顧問
専門は海洋地質学、地球進化論。
1970年東北大学理学部卒業。1976年テキサス大学大学院博士課程修了。高知大学、東京大学海洋研究所を経て、2002年から海洋研究開発機構地球深部探査センター長、2006年より理事、2012年より理事長、2019年9月より現職。
プレート沈み込み帯における付加作用の研究で、2007年に日本学士院賞受賞。また、日本とフランスとの学術協力やハイレベル共同計画に参画等、多大な功績が認められ、2018年フランス政府よりレジオン・ドヌール勲章シュバリエを受章。東京大学名誉教授。

学問分野の融合から新しい知的体系を構築

三枝

国立環境研究所(以下、国環研)は2021年度から新しい中長期計画になります。そこで、少し長期的な研究の展望を考えるため、いろいろな方にお話をお聞きしています。今後10年程度の時間スケールで、海洋研究開発機構(以下、JAMSTEC)もしくは地球環境分野において特に注力して取り組む必要があるとお考えになる課題は何でしょうか。

経験をふまえて個人的な意見となる部分もあるかもしれませんが、2019年4月から開始されたJAMSTECの第4期中長期計画のキャッチフレーズは、「海洋・地球・生命・人類の統合的理解の推進と社会との協創による地球の未来の創造」です。研究を推進し、その成果を社会と人類、あるいは地球の未来の創造のために活かしていきたいというものです。研究者は自分の学問分野にどうしても偏りがちですが、もう少し広い視野をもつことが必要だと長年思っていましたので、学問分野の壁をできるだけ取り払うようにして何本かの柱を立てて、その柱が中長期計画の目標になるような構造にしました。前中長期計画でも学際的な研究の育成をめざしたのですが、必ずしもうまくはいかなかったです。ただ、ネガティブなことばかりではなく、そのなかから学際的な根が少しずつ生えてきたと思います。今まで自然科学や科学技術的な研究がどのように社会に役立つかということについては(短期的な成果のみを求めずに)長期的に見ていましたが、第4期中長期計画では、目に見える形で成果を求められるので、研究の基礎的な部分などJAMSTECが守らなくてはならない分野をしっかり押さえつつ成果を上手に発信していくという、より全方位的な形になってきました。分野の縦割りやタコつぼ化をなくして、基礎から応用まで一気通貫で行うことと、時間スケールは数十年、時には1億年や10億年を考慮し、惑星や宇宙からミクロなスケールまでいろいろなスケール間を自在に飛びながら物の本質を極めるという、JAMSTECがもっている柔軟性や自由度を失わないようにしながら、なおかつ社会の要請に応えることにチャレンジしていかなければなりません。ですから、一つの分野というよりも分野の統合、関連性をより強化していくことが大事だと思っています。

三枝

地球や海や生命といった個々の分野だけではなく、その知識を社会にどう活かすか、人間社会とのかかわりに研究を広げていくことですね。

そのとおりです。2019年9月16日〜20日にハワイでOcean Observationsという10年に一回の海洋観測の会議があり、1000人近くが集まって、これからの海洋観測はどうあるべきかを話し合いました。そこで私は短い講演をし、海洋観測の進め方について、JAMSTECの中長期計画を別の形で表現してお話ししました。

海洋観測はそもそも地球システムにおける海洋の役割を理解しなければならないというところから始まりました。その後、社会からの要請で、海洋と地球温暖化や漁業資源との関わり、海洋の健康を維持していくにはどうしたらよいかというsustainability scienceに発展しています。しかし、もう少し大きな目で見直さなくてはいけないのです。明日、明後日のことでだけはなくもっと根源的な問いといいますか、そもそもなぜわれわれはここにいるのか、生命はどうして地球で発生したのか、太陽系の外に地球のような星があるのかというような根源的な問いに常に人々は興味をもっていて、逆に根本的な問いの上に明日、明後日の生活が成り立っているのです。それがさまざまな学問体系でも全く同じことで、居住性といいますかhabitability scienceという大きなベースがあってその上に地球システムがあり、その上にsustainability、さらにhuman scienceがあります。社会科学や人文科学だけではなく、われわれがこれからどうやって生きていくかという、われわれにとって必要な科学という意味でのhuman scienceも視野に入れて、海洋観測はsustainabilityからhuman scienceに進まなければ大きな仕事にはならないと話しました。これはJAMSTECの今後のあり方とまったく同じです。個人的な見解ですが、人工知能やロボットの研究者は地球のことを一生懸命考えているとは思えないところがあり、地球の研究者は人間の存在そのものがどうなっていくのかということについてはあまり考えてないと思うので、両者を融合した新しい知的な体系を作っていく必要があるかという話をしました。ハワイの会場ではうけなかったと思っていましたが、あとから聞いたらそれなりに理解されていたみたいです。

三枝

お話をお聞きして、大学生の頃自分が感じていたことを急に思い出しました。理学部の1、2年生のときに、早く専門の勉強をしたいのに毎日心理学や社会科学の基礎を教わっていて、疑問を感じていましたが、あるときふと学問はすべてつながっているんだと気づきました。つまり、私という自分自身をまず理解しないと外のことはわからないのです。自然のことを何か知りたいと思うなら、まず、人間の理解とは何なのか、何かを聞いた時にどういうふうに人間が反応していくのかを知らないといけないと納得しました。

人間がなぜいろいろなことを知りたいのか、あるいは知ってどうするのかという根本は自分を理解したいということなので、そういう根本的な問いを、研究者のみならず、JAMSTECで働くすべての人が常に頭の中に入れ、時には思い出す必要があると思います。

大型インフラと最先端研究の融合を

三枝

JAMSTECにおいては、スーパーコンピュータ(以下、スパコン)や調査船・探査機をはじめとする大型インフラを活用する研究を推進されると同時に、変化の激しい世界最先端の分野の研究やそれを担う若手研究者の育成も重視されているように拝見しております。これら異なる方向性をもつ研究や人材育成を両立する上で取り組まれていることがあればぜひ教えてください。

7隻の船とスパコンの運用費は予算の6割くらいを占めます。このような大型インフラは研究のためには今後10〜20年間は絶対必要なものだと思います。絶対に必要なものであるがゆえに、世界で誰もやれないユニークな研究の範囲をしっかり確保しておくのはJAMSTECの存在理由そのものなので、非常に大切だと思っています。ただし維持には知恵が必要で、いろいろと工夫をして効率よくかつ質を落とさず、同時に技術開発をさらに進めていかなければなりません。ここに経営者の経営能力が試されるというのが私の実感で、JAMSTECの経営として一番難しいところです。実際にはさまざまな外部のプロジェクトの仕事等をして研究費や運営費を稼いできました。そして、前中長期計画の最後の年にそれまでの貯金を利用して南海トラフの地震発生帯で地球深部探査船「ちきゅう」を使って超深度のプレート境界断層に向けた掘削を約半年間行うことができたのは、私にとって前中長期計画のハイライトだったと思います。技術的困難もあり、プロジェクト全体に関する検証はこれからしていかなければなりませんが、少なくともマネジメントとしてはそれなりに成果を挙げたと思います。大型インフラを動かすには知恵やさまざまな人の協力が必要で、技術的な問題などの困難に打ち勝って前に進まなければなりませんから、研究所の足腰を強くします。JAMSTECはそういう研究所ということで誇りをもっています。一方、先端的な研究や技術革新がどんどん進んでいますから、近い将来、大型インフラとどのように組み合わせていくかが大きな課題になるでしょう。そのときに大型インフラを運用する組織運営のノウハウは必ず役に立つと思います。一方、研究者側にたったときに、どういう分析をするのかという開発的なことや、自分でフィールドを見つけたり、いろいろな経験を積むことが大事であって、最先端の研究をしている人は大型インフラと一体化して進めているようです。また、一体化させないとJAMSTECの本当のよさが出てこないと思っています。私は常に、船に乗ってみなさい、コンピュータを使わないような研究でもコンピュータの研究者と一緒に勉強会を開きなさい、と言っていましたので、JAMSTECの研究者にとっては、大型インフラを運用していくことと最先端の研究を進めていくことは、対立ではなく融合すべきものだということです。

三枝

国環研でも大型インフラの運用費は大きな課題で、重荷に思うこともあったのですが、それを背負っていることで、木を支える幹が徐々に太くなり根がしっかり張るように、知らないうちに若手研究者をいろいろなところで支えていく力になるということですね。

センター長はその重荷を抱えなければなりませんが、周囲にはその重荷を見せないように、明るくふるまっているのがいいです。また、幹の部分をどこに置くかというのが研究所としての軸かもしれません。物や、人、お金のどれか一つに置くのではなく、物は人がなければ動きませんし、人も物がなければしっかりした研究が育ちません。それを動かすにはお金が必要ですから、すべてを一体化させることです。

三枝

一回大きな幹を作ってしまうと簡単には動かせないことが難しい点です。たとえば、昔はここに幹が必要だったが、今後の20〜30年を考えるとこっちにほしいというとき、どうするのでしょうか。CGERは1990年に創立されましたので、来年で30年を迎えます。過去の遺産は大事ですが変化も必要な時期にきています。根っこごと引っぱっていくわけにいかない点に苦心しています。

そういうときは、木に「接ぎ木」をするのです。JAMSTECもCGERも目的がはっきりしていて、対象は変わらないのですが進め方は必ず変わります。2021年にはJAMSTECは設立から50年になりますが、20〜25年が一つのフェーズでしょう。だいたいのスケール感をもっていないといけないですね。30年はいい区切りだと思います。

研究機関の国際化には長期的なメカニズムが必要

三枝

海外出身の研究者の正職員としての採用等、研究機関の国際化については、国内の多くの研究機関で重要な目標としつつも、現実にはさまざまな壁があって進展の難しい課題であるように思っております。JAMSTECでの国際化に向けたこれまでの取り組みや今後の課題についてぜひ教えてください。

海外の研究機関のトップの方々がJAMSTECの中長期計画のレビューをしてくださるアドバイザリーボードでいつも言われているのが、国際化とジェンダーバランスです。両方とも難しい課題ですが、長期的なメカニズムを作らなければなりません。JAMSTECでは交付金である人件費のなかから予算化し、国際ポストドクターのような制度(現:JAMSTEC Young Research Fellow制度)を作りました。今年で4〜5年目くらいです。ポストドクターにスタートアップ資金および基礎研究費として100万円くらいの研究費(2年目以降は半額を予定)をつけて、JAMSTECのファシリティを自由に使って3年間研究してもらいます。国籍は問いません。インターナショナルな教育を受けたり経験をもっていたりすることが重要なので、日本人も応募できます。この制度からこれまでに2人を正式な職員として採用しました。一人は香港出身の優秀な人で、JAMSTECで層が薄い大型の生物学の研究者で、研究所に新しい生物の分類手法を取り入れてくれるでしょう。もう一人は英国出身の女性で、こちらもJAMSTECがこれまで行ってなかったアクティブな火山のプロセスを研究する人です。ポスドク制度の研究者は年に2回発表会があり、発表会の後には事務系の職員などを交えて懇親会もあります。窓口があれば必ずや3年か5年に一回くらいユニークな人材が現れます。この制度はできてまだ数年ですが、JAMSTECは面白いところだという噂も立って、応募者数は増えてきました。焦る必要はありませんが、着実にいい人を見つけて長く働いてもらえるメカニズムを作るのは重要です。

三枝

研究が多岐にわたるようになってくるとどうしても即戦力の人が要求されます。日本でその分野の研究をして、関連するプロジェクトで育った若手を採用する場合も多いです。即戦力にはなるのですが、研究所全体の多様性が減っているかもしれません。

それはある意味危機かもしれませんね。JAMSTECの国際ポスドク制度は完全な公募で、研究分野は、大きく海洋地球、生命の科学、また技術の分野もあるので、これまでJAMSTECでまったく対象となっていなかったような分野からもかなり応募があります。先ほどから申し上げているようにパーマネント職員については、長期的に維持できるメカニズムを作って、5年くらいやってみると成果がでてくると思います。

三枝

長期的な考え方をもって、忍耐強くあるメカニズムを維持することですね。今日はお話をうかがえて本当によかったです。ありがとうございます。

*このインタビューは2019年10月24日に行われました。

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