2020年1月号 [Vol.30 No.10] 通巻第349号 202001_349006

【最近の研究成果】 湿地による農業生産と水質のトレードオフの緩和

  • 生物・生態系環境研究センター 生物多様性資源保全研究推進室 主任研究員 松崎慎一郎

生物・生態系環境研究センター、地域環境研究センター、地球環境研究センターは連携しながら霞ヶ浦の長期モニタリングを行っています。2016年度から始まった自然共生研究プログラム(プロジェクト5:生態系機能・サービスの評価と持続的利用に関する研究)では、流域に研究対象を広げ、3センターが協力し、霞ヶ浦の流域の生態系サービス[1]に関する研究を行っています。流域の多様な生態系サービスを評価し、その間に生じるトレードオフ[2]とその緩和に特に注目して研究を進めています。

霞ヶ浦流域は、農業が非常に盛んで、畑地が広がっています。全国の出荷量で上位を占める野菜も少なくありません。畑地では、生産性を向上させるために施肥を行います。作物に利用されなかった窒素やリン等の栄養塩(植物や植物プランクトンの成長に必要な栄養分)は、河川へ流出し、湖の富栄養化の要因となります。霞ヶ浦流域も例外ではなく、49小流域において、5回の河川水質調査を行った結果(図1)、季節に関わらず、畑地率が高い小流域では硝酸濃度(水質悪化の指標)が高いことがわかりました(図2)。しかし、畑地率が高いにも関わらず、硝酸濃度が低い(水質が良い)小流域も見つかりました(図2、オレンジの矢印)。本研究では、畑地率も高く、硝酸濃度も低い流域を数値化し、それらの数値とどのような要因が関連しているかを分析しました。

図1 川での調査の様子。小さなバケツにロープをくくりつけ、橋の上から河川水を採水します

図2 霞ヶ浦の49小流域で見られた畑地率と硝酸濃度の関係。正の相関関係が認められる一方、バラツキも見られます。畑地率が高いにも関わらず、硝酸濃度が低い(水質が良い)小流域があることに注目(例:オレンジの矢印で示した小流域)

その結果、ため池(図3)などの湿地率が高い小流域では、畑地率が高いにも関わらず、硝酸濃度が低いことがわかりました。湿地には、脱窒[3]などを通じて窒素を除去する働きがあることが広く知られていますが、流域スケールでもその効果が発揮されていることが示されました。本研究から、湿地の保全・再生が、農業生産と水質のトレードオフを緩和する可能性が示唆されました。湿地は、生物多様性の保全、洪水調整の観点からも重要であることから、その保全・再生は多様な生態系サービスの維持にもつながることが期待されます。

図3 霞ヶ浦流域にあるため池。脱窒などの水質浄化機能が高い

脚注

  1. 生態系から享受している恩恵あるいは恵み。例えば、湖は、飲料水、漁獲物、魚類や鳥類の生息場所、洪水や気候の調整、釣りやサイクリングなどのレクリエーションなど多様な生態系サービスを提供している。
  2. トレードオフ:対立関係を指し、ある生態系サービスを高めると別のサービスが低下してしまう状態や関係。
  3. 脱窒:微生物の活動により硝酸イオンなどの窒素化合物が還元され、窒素ガスとして大気中に放出される作用。

参考ウェブサイト

本研究の論文情報

Role of wetlands in mitigating the tradeoff between crop production and water quality in agricultural landscapes
著者: Matsuzaki, S. S., Kohzu, A., Kadoya, T., Watanabe, M., Osawa, T., Fukaya, K., Komatsu, K., Kondo, N., Yamaguchi, H., Ando, H., Shimotori, K., Nakagawa, M., Kizuka, T., Yoshioka, A., Sasai, T., Saigusa, N., Matsushita, B., & Takamura, N.
掲載誌: Ecosphere 10(11): e02918

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