2020年1月号 [Vol.30 No.10] 通巻第349号 202001_349004

【最近の研究成果】 陸域生態系の炭素収支には小規模なフローも無視できない

  • 地球環境研究センター 物質循環モデリング解析研究室長 伊藤昭彦

生態系の正味の炭素収支を指す用語として「純生態系生産(Net Ecosystem Production: NEP)」があります。これは植物・光合成による大気からのCO2の吸収と、植物(葉・幹・根)・微生物などの呼吸によるCO2放出の差であり、生態系に正味で固定された炭素量を示すと考えられてきました。しかし、近年の研究により光合成と呼吸以外の小規模な炭素フローの重要性も明らかになってきました。それらのフローには森林破壊に伴う放出、火災による放出、湿地のメタン放出や吸収、植生からの揮発性有機物質(イソプレンなど)の放出、土壌からの溶脱や表土流亡、農作物や木材の収穫などが含まれ、いずれも世界の合計値で見ると光合成・呼吸と比べてせいせい1%程度の大きさです。しかし、その影響が長期にわたり積み重なることで生態系の炭素収支に重大な意味を持つ可能性があります。また、土地利用や火災は狭い領域で強い影響をもたらすことも考えられます。最近では小規模なフローも考慮した炭素収支を指す用語として「純バイオーム生産(Net Biome Production: NBP)」が提案されています。

生態系のNEPは大気との間のCO2交換として測定することができますが、様々なフローを含むNBPを現場で測るのは非常に困難です。本研究では、陸域生態系モデルVISITを用いてNEPとNBPをグローバルに計算し、小規模なフローの影響を考察しました。VISITモデルでは上記の小規模フローが考慮されており、計算条件を変えることで各フローの寄与を個別に評価することが可能です。その結果、野外火災、木材の伐採や農作物の収穫、土壌の流出は年間1ペタグラム炭素の規模で生じており、現在の陸域炭素収支に対する影響が大きいことが分かりました。森林破壊による影響は1960年代頃に最も大きく、現在までに徐々に減少していました。揮発性有機物質の放出は見落とされがちですが、熱帯など湿潤な森林で主に生じており、総量としても年間0.5ペタグラム炭素以上に達していました。注目すべきことに、NEPとNBPの量は陸域の多くの場所で大きく異なっており、CO2として吸収された炭素の相当部分が小規模なフローとして生態系から外部へ放出されていることが示されました(図参照)。これらの小規模フローを考慮することで、CO2を含めた炭素循環をより精緻に把握できることが示されました。

 陸域生態系モデルVISITによるシミュレーションの結果。(a, c)2000年代の平均的な年間NEPとNBPの分布。NEP(CO2の収支)で吸収を示す多くの場所が、火災・土地利用・収穫など小規模フローを考慮したNBPでは炭素の放出源に変わっている。(b, d)NEPとNBPの時間変化。小規模フローを無視する設定(EX0)から全て考慮する設定(EXALL)まで様々な場合の結果を並べた。小規模フローを全て考慮するとNBPは最も小さくなるが、NEPは最も大きくなる点に注意。青・赤線は観測データなどに基づいて陸域CO2収支を推定した別研究の推定値を比較のため示した。詳細については論文を参照して下さい

本研究の論文情報

Disequilibrium of terrestrial ecosystem CO2 budget caused by disturbance-induced emissions and non-CO2 carbon export flows: a global model assessment
著者: Ito, A.
掲載誌: Earth System Dynamics, 10, 685–709, doi:10.5194/esd-10-685-2019, 2019.

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