2020年1月号 [Vol.30 No.10] 通巻第349号 202001_349003

IPCCシンポジウム2019「くらしの中の気候変動」報告

  • 地球環境研究センター 交流推進係 今井敦子

2019年11月21日、東京大学の伊藤謝恩ホールで標記シンポジウムが開催されました。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は2019年5月に各国の温室効果ガス算定のための『2019年方法論報告書』、8月に『土地関係特別報告書』、9月に『海洋・雪氷圏特別報告書』を公表し、現在は2021年から2022年に予定されている『第6次評価報告書(AR6)』の公表にむけて作業を進めています。シンポジウムでは、これらの報告書が示す科学的知見、そしてAR6の展望について専門家から講演がありました。さらに、パネルディスカッションには気候変動対策に積極的に取り組む企業からの登壇者を迎え、身近な生活にかかわる影響を含め、気候変動に関するさまざまな観点から議論が展開されました。

シンポジウムはインターネットでも同時中継配信されました。また、sli.doというアンケート集計ソフトを利用し、講演者への質問を会場内外から集め、パネルディスカッションでその一部を取り上げました。事務局によると定員の400人を超える参加希望があり当日参加できなかった人もいたので、この方法は大変効果的だったと思います。

以下、シンポジウムの概要を報告します。当日の講演者とパネリストの発表資料等は以下からご覧ください。https://www.gef.or.jp/news/event/191121ipccsympo/

IPCC第6次評価サイクルの最新情報
田辺清人/IPCC/TFI(インベントリータスクフォース)共同議長

田辺氏は、IPCC設立の背景やIPCCの特徴、これまで公表されたIPCC評価報告書が気候変動対策に関する国際的な合意等に科学的知見を提供してきたことを説明しました。また、現在作成が進んでいるAR6に先立ち公表された4つの報告書[1]『1.5°C特別報告書』(2018年10月承認)『2019年方法論報告書』『土地関係特別報告書』『海洋・雪氷圏特別報告書』の概要を紹介しました。『1.5°C特別報告書』『土地関係特別報告書』『海洋・雪氷圏特別報告書』の内容を踏まえつつ、AR6は、2021年4月にWGI(自然科学的根拠)、2021年7月にWGIII(気候変動の緩和)、2021年10月にWGII(影響、適応と脆弱性)の報告書が公表される予定です。さらに2022年4月に公表予定の統合報告書は、パリ協定で規定された2023年のグローバルストックテイク[2]に最新の科学的知見を提供するものとして期待されていると述べました。

土地関係特別報告書について
三枝信子/国立環境研究所 地球環境研究センター長

土地関係特別報告書の執筆者である三枝は、報告書の内容を、①気候変動が世界の陸域に与える影響は? ②陸域は温室効果ガスの排出源でもあり吸収源でもある、③食料供給や生態系保全と調和する気候変動対策とは:相互のトレードオフ(競合)とコベネフィット(副次的便益)、④将来の気温上昇を1.5°Cまでに抑えるためのシナリオ、の4点から解説しました。

土地は有限ですから、食料・水・生態系と調和する気候変動対策を進めるためには以下のことが重要と三枝は説明しました。世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2°Cより十分低く保つとともに、1.5°Cに抑える努力を追求するというパリ協定の長期目標達成のためには、第一に温室効果ガスの人為排出を大幅削減する野心的な取り組みが必須かつ急務です。排出削減の先送りは非常に高いコストとリスクを伴うからです。森林減少の防止と新規植林、バイオマスエネルギーやネガティブエミッション[3]の活用も必要になります。さらに食料安全保障への悪影響を避けるためには、土地劣化防止を進めることによる農業生産性の向上と、食品ロスの削減や食習慣の見直しを含む食料システムの低炭素化を同時に遂行する、という困難な課題を達成しなければなりません。

海洋・雪氷圏特別報告書について
石井雅男/気象庁 気象研究所 気候・環境研究部長

石井氏からは専門分野である海洋を中心に、次の3点から解説がありました。

海水温の上昇:日本近海で過去100年において海面水温は1.12°C上昇しており、全球では、水深4000m以下でも南極大陸を取り囲む南太洋で水温が上昇しているとのことです。また、海水温の上昇は海の生物生産にも影響を与えていると紹介しました。

海面水位の上昇:世界の海面水位は1902〜2015年の間に0.16m上昇し、1901〜1990年の平均上昇率(1年あたり1.4mm)と2006〜2015年(1年あたり3.6mm)を比較すると、後者は前者の約2.5倍であった可能性が高いと説明しました。海面水位の上昇により高潮や高波などの災害リスクが高まりますが、報告書によると、多量に二酸化炭素を排出し続けた場合、2100年までに世界の多くの場所でこれまで100年に1回しか観測されないような極端な水位が年1回以上発生してしまうそうです。

海洋の酸性化:海洋表面のpHは産業革命前から現代までにおよそ0.1低下しています。海洋の酸性化は、サンゴなどの海の生物・生態系に影響を与えています。暖水性サンゴはすでに高いリスクにさらされており、世界平均気温上昇が1.5°Cに抑えられたとしても、非常に高いリスクに移行すると予測されているとのことです。

パネルディスカッション

パネルディスカッションは、ファシリテータに田辺氏、パネリストは講演した2人に、浦嶋裕子氏(MS&ADインシュアランスグループホールディングス株式会社 総合企画部サステナビリティ推進室 課長)、豊崎宏氏(味の素株式会社 環境・安全・基盤マネジメント部 環境経営支援グループ長)、吉川圭子氏(環境省 地球環境局 脱炭素化イノベーション研究調査室長)、藤本敏文氏(気象庁 地球環境・海洋部 地球環境業務課 地球温暖化対策調整官)の4名を迎えて進められました。

はじめにパネリストとして加わった4名から、それぞれの組織内での気候変動対策への取り組みが紹介され、その後、sli.doで集まった質問のなかからいくつかを紹介し、パネリストが意見を述べました。もっとも多い質問として取り上げられたのは、温暖化に懐疑的な人や重大なことととらえていない人が多いという現状をどうしたら打破できるのかということでした。それに対しては、企業が気候変動対策に熱心に取り組むようになった背景として、持続可能な成長には利益追求だけではなく社会活動が重要との意見や、気候変動対策を企業戦略として進めていかないと投資の対象にならないという説明がありました。また、環境省からはまず科学的知見を正確に伝えて現状を知ってもらうことが大切との意見がありました。そのほかにもさまざまな観点から質問があり、いずれも壇上のパネリストが丁寧に解説しました。

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