2019年9月号 [Vol.30 No.6] 通巻第345号 201909_345002

波照間から広がる世界—令和元年度波照間小中学校エコスクール報告

  • 地球環境研究センター 観測第二係 小野明日美
  • (写真撮影)企画部広報室 成田正司

7月3日、地球環境モニタリングステーション波照間(以下、「ステーション」とする)において、波照間小中学校の5・6年生を対象にエコスクール(環境教室)が開催されました。現地で実際に観測を行っている研究者ではなく、観測事業に係る事務を担う事務職員の立場から報告します。

「はてのうるま」(沖縄の方言で果ての珊瑚の島)が語源といわれる日本最南端の波照間島にステーションが設置されたのは、1992年のことです。1993年から、二酸化炭素(CO2)を始めとする温室効果ガス、大気汚染物質等の空気成分の変化を観測し続けています。「果て」の名のとおり、自動車や工場等の温室効果ガスの排出源が集まる大都市から離れているその立地条件から、人間活動の直接的な影響を可能な限り排除した大気環境を長期間観測できる最適な場所の一つとして選定されました。北海道の根室半島に位置する落石岬でも、同様に地球環境モニタリングステーションが設置され、北方を担う拠点として観測が続けられています。高精度の自動無人観測としては世界で初めての試みでもあり、落石岬とともに、日本及び世界の温室効果ガス観測の重要な地域として位置付けられています。また波照間島はアジア大陸に近いことから、経済的な発展が著しいアジア地域の影響を把握できる場としても注目されています。

写真1ドローンによって撮影された地球環境モニタリングステーション波照間

「無人」とはいっても、ステーションの運営は、ステーションの保守管理及び観測補助を行っていただいている契約業者の皆様、現地管理人の方、そして地元の方々の理解とご協力がなければ成り立ちません。

エコスクールは、波照間小中学校の要望を受け2017年に第1回が開催され、今回が2回目です。これまでも節目ごとに見学会が行われてきましたが、今後もエコスクールは2年に一度、波照間小中学校の5・6年生を対象に実施される予定であり、卒業時にはすべての児童が参加しているということになります。エコスクールを通じた地元の方々との交流は、国立環境研究所の観測事業をご理解いただくとともに、環境問題に関心をもっていただく貴重な機会であると捉えています。

今年度のエコスクールは、波照間小中学校にて、大気・海洋モニタリング推進室の町田敏暢室長、笹川基樹主任研究員による講義から始まりました。今回は5年生が8名、6年生が8名、担任の先生は1名、教室も1つ、複式学級の異年齢集団が対象です。

まずは町田室長から、ステーションの概要と温室効果ガスについての講義が行われました。波照間、同様に地球環境モニタリングステーションを設置し観測を行っている落石岬、また国立環境研究所があるつくば市の位置関係を示し、CO2等の空気成分の変化を1993年から測っていることが説明されました。次に、子どもたちはステーションに設置されている観測機器や観測塔について、何を測定しているのか、どのような構造になっているのかの説明を受けました。ステーションで実際に観測されたCO2のデータから、CO2の濃度が季節によって増減していることも示され、濃度が低くなるのは夏であること、その季節変化の要因は植物の働きにあることを、クイズ形式で学びました。

また2019年5月、世界で特に権威のある学術雑誌の一つ「Nature」に掲載された論文の中に、“Hateruma, Japan” という言葉が出てくることにも触れられました。この論文は、フロン類の中でも特にオゾン層の破壊をもたらす物質である、トリクロロフルオロメタン(CFC-11)の放出量が2013年から中国東部で増加している可能性を明らかにしたもので、波照間での大気観測データが使用されています。世界中で読まれている雑誌に「波照間」が登場することに、子どもたちからは「波照間は有名なんだ」と誇らしげな声が上がっていました。

写真2世界に発信された“Hateruma, Japan” について説明する町田室長

次に笹川主任研究員より、PM2.5とはなんだろう?というテーマで講義が行われました。「PMって何だか知っていますか?」という問いかけには、「パイナップルマンゴー」という沖縄らしい絶妙な答えも飛び出し、双方向型のコミュニケーションが続く和気あいあいとした空間になりました。PM2.5は工場の煙や廃棄ガスだけではなく、海が身近にある波照間の子どもたちにも関わりの強い、波しぶきや砂粒からもできることが説明されました。また沖縄県が注意喚起を出した場合にはどのような行動をすればいいのか、情報はどこから得ればよいのかということを、PM2.5が「非常に多い」と報じられた日の「琉球新報」の記事や、3日後までの予測値を出している国立環境研究所のウェブページVENUSが取り上げられ、身近な事例から学ぶことができました。

最後に、PM2.5は、2.5μmに満たないとても小さな空気中に浮遊する粒子であること、口や喉を通り過ぎて肺の奥まで入ることから危険であること、波照間ではすぐに健康に影響が出る数値が出ているわけではないが、注意喚起が出たら十分に対策を行うことが重要であることが、本日の講義で覚えてほしいこととして、伝えられました。

写真3子どもたちとやりとりをする笹川主任研究員

講義が終わると、いよいよステーションに向かいます。当日は朝まで雨が降っており、直前まで子どもたちと一緒に観測塔に上れるかどうかは、不透明な状況でした。状況を確認したところ、足下や手すりも乾いており安全性に問題がないことから、予定どおり観測塔に上ることになりました。ステーションの入口で心配しながら待っていた子どもたちにもそのことが伝えられた瞬間、大きな歓声が上がり、本日一番の盛り上がりとなりました。子どもたちと先生方、2組に分かれてヘルメットと軍手を着用し、観測塔に上ります。観測塔の上では、子どもたちが目を輝かせてその景色を眺めるとともに、この塔の上で大気を採取しているという説明に耳を傾けていました。「こんな上から波照間を見たことない」という声も聞かれました。

写真4いざ観測塔の上へ!

写真5よく上を見たり、ちょっとだけ下を見たり、目線に大忙しの子どもたち

1組が観測塔に上っている間、もう1組はステーションの内部を見学するとともに、海水実験を体験してもらいました。まず、海水を入れた小瓶に指示薬となるBTB溶液を滴下します。この段階で海水は弱アルカリ性を示す青色になりますが、小瓶に息を吹き込んだ後に蓋をして振ると、吐き出されたCO2を海水が吸収し、酸性を表す黄色に色が変化します。次に新鮮な空気を入れて再び小瓶を振ると、海水からCO2が放出され、今度はまた元の青色に戻ります。一人ひとりに「海水実験キット」として小瓶を渡し、実際に実験をしてもらうと、その色の変化に子どもたちは興味津々でした。

写真6海水実験の結果を披露

写真7秘密基地のようなステーションの内部

青い美しい海、白い砂浜、南国特有の大らかな空気、それらが「波照間」の大きな魅力であるということは間違いありません。しかし現地で観測活動を続けていくとなると、いいことばかりというわけにはいかず、さまざまな苦労と試行錯誤が存在しています。私にとっての今回のエコスクールは、その一端を体感する機会でもありました。

まず石垣島から波照間島行きの船は、強風や高波による欠航率が高いことで有名です。今回も波照間に向かう日はちょうど風が強かったので、風に弱い高速艇が欠航することを考慮して別便の波照間行きフェリーの乗車券を確保するために、早朝の6時からチケット売り場に並びます。幸い高速艇は運航しましたが、いざ無事高速艇に乗船できたと思ったら、波が高くジェットコースターで急降下をするようなふわっとした感覚のオンパレードで、乗船中に体調を崩される乗客の方も多々見受けられました。波照間までの道のりは、なかなか過酷です。

綺麗な海が周囲に広がっているということは、塩害との戦いでもあります。観測塔の手すりを素手で触ると、砂と塩が入り混じり、ざらざらべとべととした感触が味わえます。平成30年6月には、観測塔の全面的な補修塗装工事を実施し、今回は綺麗な状態でエコスクールを開催することができました。今後も専門業者の方の助言を仰ぎつつ、定期的に点検・補修を行い、安全性確保のためにも美観を保っていく計画です。環境との勝負です。

また台風や停電等、トラブルが起きた場合も、すぐには駆けつけることはできません。そのため、波照間在住の現地管理人の方の協力を得て、リモートでもステーションの維持・管理を行っていけるような体制を整えています。今回も現地管理人の方からの意見を直接聞く機会を設け、さらなる信頼関係を構築することができました。遠隔地ならではの苦労があるからこそ、そこに築かれている関係が確かにあるとも感じます。

写真8赤と白のコントラストが美しい観測塔。よく見ると中段には子どもたちが

エコスクールの前日、準備のために波照間ステーションを訪れ、観測塔に上りました。観測塔の20m地点までは階段で上ることができますが(子どもたちが上ったのはここまでです)、そこから先は観測塔に設置されているレールに、腰に着けたハーネスにつながった墜落防止装置を取り付け、垂直な梯子を使って最上段の約36m地点まで上がっていきます。そこには大気の採取口が設置されており、我々が呼吸によって吐き出すCO2が観測データに影響を与えてしまうため、風上に立つことは厳禁です。安全だということは分かっていても、海からの強い風が吹き、自分が高い場所にいるということを思い出すと、平常心ではいられません。ただ、観測塔からの眺めは絶景です。

普段研究の現場に出ることが少ない我々事務職員は、気を抜くと機械的な書類仕事になってしまいがちです。エコスクール当日、観測塔の中段で上を見上げたある子から「てっぺんまで上ったことある?」と聞かれました。また宿泊先では、「モニタリングステーションの方ですね?」と尋ねられました。現地に行ったからこそ生まれる、そして応えられるこのコミュニケーションは、きちんと観測の現場を「自分事」にしていく大切なプロセスであるようにも思います。

ステーションを実際に自分の目で見ることはもちろん、エコスクールを通じて、観測の現場の先に様々な方々との関わり・つながりがあることを肌で実感することは、私たちにとっても非常に重要なことであると考えています。波照間の子どもたちに地元を誇らしく思ってもらえる一助になること、それがエコスクールの目的の一つでもあります。一方、子どもたちが目を輝かせてエコスクールに参加してくれている様子に、国立環境研究所の職員としてこのような観測事業に携わることができることを、私自身がとてもうれしく思える瞬間でもありました。

波照間から世界につながる観測データが発信されていること、CO2やPM2.5は海に代表される身近な環境とも密接な関連を有していることを知ること、いつもとは違う上からの目線で波照間を見ること、日々自分が向き合う書類やメールの外に広がる世界があることをきちんと体感すること、それらが今回のエコスクールを通じた子どもたちと私の学びであったように感じています。今後もこのような観測と研究の現場をきちんと支えていけるよう、邁進していきたいと思います。

最後に、今回のエコスクールと日々のステーション運営にご理解・ご協力いただいているたくさんの皆様に、改めて心より御礼申し上げます。

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地球環境研究センター ニュース編集局
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