2019年9月号 [Vol.30 No.6] 通巻第345号 201909_345001

IPCC国家温室効果ガスインベントリガイドライン 背景と「2019年方法論報告書」における改良について

  • 衛星観測センター 高度技能専門員 Shamil Maksyutov

1. はじめに

国家温室効果ガス排出量の報告は各国の気候変動対策の進捗状況を評価する手法としてスタートした。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、気候変動による社会・経済的な影響を理解し、気候に関する国際条約を検討する国際交渉の場面で参照されるような気候変動の科学的知見に基づく包括的なレビューを行う組織として、1988年、国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)によって設立された。1990年にIPCCは第一次評価報告書を公表した。IPCC報告書が示した科学的理解の下、国連気候変動枠組条約(以下、UNFCCCまたは条約)の第2条として「気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼすこととならない水準において大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させる」ことを究極の目的とすることに国際社会が合意した。条約は1992年にリオデジャネイロ(ブラジル)で開催された地球サミット(環境と開発に関する国連会議)において採択され、1994年に発効した。条約に基づき、締約国は温室効果ガスインベントリ[注]を含む国別報告書の提出が義務付けられた。インベントリの透明性向上のため、IPCCは各分野における温室効果ガスインベントリの作成方法について、1996年と2006年に各国共通の包括的なインベントリガイドラインを公開した。国家温室効果ガスインベントリは、各国の活動量統計データ(工業、農業、地方自治体のデータ)および排出係数(IPCCガイドラインまたは各国特有の係数を利用するが、場合によってはIPCC排出係数データベースも用いる)に基づき算定されている。条約に基づき、附属書I締約国(いわゆる先進国)は毎年、途上国(非附属書I国)は2年ごとに温室効果ガスインベントリを作成し、条約事務局へ提出することになっている。

2. パリ協定とインベントリガイドライン

UNFCCCにおける最高意思決定機関である締約国会議(COP)は、1995年から毎年開催されている。1997年京都で開催されたCOP3では京都議定書が採択された。2015年のCOP21で合意されたパリ協定は、多くの締約国の参加のもと、世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2°Cより十分低く保ちさらに1.5°Cに抑える努力をすること、国別報告書・国家温室効果ガスインベントリの報告ルールを変更することが決まった。2018年のCOP24ではパリ協定の詳細なルールが作られ、締約国は自国が自主的に決定する貢献(NDC)として2020年以降の温室効果ガス削減目標を提出し、目標の進捗状況に関する情報を隔年透明性報告として定期的に提出することになった。なお、すべての締約国は、インベントリを作成する際、2006年版IPCCガイドライン、または、その更新・改良版を使うことが求められている。また、パリ協定では途上国を含む全ての参加国が同じ頻度で報告を提出することになっている。これは、国および全球レベルで気候変動対策がどの程度進んでいるかを理解するために重要である。加えてNDCの進捗を測るために、5年ごと(第1回は2023年)に、その実施状況を確認することになっている(グローバル・ストックテイク)。5年ごとに報告される各国のインベントリは、合算され、観測された大気濃度等と比較することができるようになる。

3. 2006年版IPCCガイドラインから2019年方法論報告書へ

2006年版IPCCガイドラインの改良版であるIPCC 2019年方法論報告書(「IPCC温室効果ガス排出・吸収量算定ガイドライン(2006)」の改良報告書)は、パリ協定の枠組みのもとインベントリの作成方法に関する最新の科学的知見を反映させるため、190人以上の専門家により検討された。2019年方法論報告書は、2016年ミンスク(ベラルーシ)のスコーピング会合で、内容や作業計画が話し合われた。執筆者は2017年に選定され、これまでに4回の執筆者会合が開催された。4回の執筆者会合で作成された報告書ドラフトは専門家と政府によりレビューが行われた。2019年方法論報告書は2019年5月、京都で開催されたIPCC第49回総会で承認された。

2019年方法論報告書の概要(Overview Chapter)では、2006年IPCCガイドラインとの違いについて、以下のように解説している。

  • 新規技術や新規生産プロセスが含まれ、より精緻化された方法論が必要な排出・吸収源や、2006年IPCCガイドラインでは十分にカバーされていない排出・吸収源に対する補足的方法を提供している。
  • 2006年IPCCガイドラインのデフォルト値と比較して大きな差が存在する、最新の科学的知見に基づく排出係数およびその他パラメータの更新されたデフォルト値を提供している。
  • 2006年IPCCガイドラインにおける既存ガイダンスの明確化・精緻化としての、追加的もしくは代替的な最新情報・ガイダンスを提供している。

2019年改良版は、2006年IPCCガイドラインの全面的な改訂ではなく、改良が必要な排出・吸収カテゴリーに対する更新・補足および精緻化であり、2006年IPCCガイドラインと共に使用される。

2019年方法論報告書は5つの部から構成されている。概要は以下のとおり。

第1巻 一般的ガイダンスと報告では、国家インベントリアレンジメントおよび管理ツール、データ収集戦略、施設レベルのデータの活用、不確実性評価、キーカテゴリー分析、大気観測結果との比較、モデルの使用と報告などについて改良されている。

分野別の巻では排出係数やインベントリの精緻化に関する改良点が示されている。

第2巻 エネルギーの更新は、石炭採掘・処理・貯蔵・輸送からの漏出や石油・天然ガスシステムからの漏出、燃料転換を含む漏出に関するもののみで、固定・移動燃焼などについての更新はない。

第3巻 工業プロセス及び製品の使用の改良点は、水素製造などの新規カテゴリーと追加のハイドロフルオロカーボン類(HFCs)、パーフルオロカーボン類(PFCs)、ハロゲン化エーテルなどの新規ガス、硝酸、フッ化物、鉄鋼、アルミニウム、電子機器の製造、冷蔵庫および空調機器の製造・使用分野のガイダンスの更新が含まれる。

第4巻 農業、林業及びその他土地利用では、排出モデルの利用や自然攪乱由来を含む排出量の年次変動、バイオマスの推計、土地炭素、稲作、湛水地、家畜・排せつ物管理、土壌からの亜酸化窒素(N2O)、伐採木材製品について改良されている。

第5巻 廃棄物では、廃棄物の発生、組成及び管理、埋立からのメタン(CH4)排出量の推計、廃棄物の焼却と野焼き、排水処理からの排出、水環境への放流について改良されている。

4. 大気観測結果との比較

2019年方法論報告書の特筆すべき点は、第1巻における大気観測結果との比較に関するガイダンスを更新したことで、これは地球環境研究センターの専門的知見とも一致していることである。2019年改良版では、すぐれた取り組みとして、イギリスとスイスが、CO2以外の温室効果ガスの大気中濃度の観測結果を、国の温室効果ガス排出量の総量の算定や、排出量算定の比較に利用していることを紹介している。この2つの国では、タワー観測やバックグラウンド大気を測定するモニタリングサイトのネットワークによる観測が継続されている。また、その観測結果は、CH4やN2Oの排出量を算定する大気輸送モデルに利用されている。なお、HFCsなどの他の温室効果ガスの排出量は、一酸化炭素などのよく把握されているトレーサーとの相関を利用して算定されている。これらのガスの排出量を算定することで、排出カテゴリーと温室効果ガスの入力(inputs)や算定結果(results)について科学的検証が進み、不確実性の低減、誤差要因の特定、インベントリ作成の手続き改善に貢献できる。2019年方法論報告書では、大気観測やインバースモデルを、インベントリの品質保証や品質管理の一環として排出量の算定結果との比較に用いる場合に適用する主な要素と手順を紹介している。

2019年5月に京都で開催されたIPCC第49回総会で2019年方法論報告書が承認された(右端はインベントリタスクフォース共同議長の田邉清人氏) (Photo by IISD/ENB | Sean Wu, http://enb.iisd.org/climate/ipcc49/11may.html

脚注

  • ある国や地域(自治体)、組織が1年間に排出・吸収する温室効果ガスについて、どのようなガスの種類があるか、どのような活動が起因しているかなどを示す一覧のこと。

英語版も掲載しています。
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