2019年6月号 [Vol.30 No.3] 通巻第342号 201906_342004

海洋環境への温暖化影響を多くの人が知る機会に 市民向け講演会「日本海で進みつつある環境の変化〜その驚くべき実態に迫る〜」開催報告

  • 地球環境研究センター 炭素循環研究室 主任研究員 荒巻能史

1. はじめに

私たちは、環境研究総合推進費(以下、推進費)「温暖化に対して脆弱な日本海の循環システム変化がもたらす海洋環境への影響の検出(2-1604)」の一環として、日本海をモデルケースにした海洋環境への温暖化影響に関する観測研究を実施しています。推進費では、市民の皆さまに研究活動の内容や成果を十分にご理解頂き、ご意見・ご要望を環境研究に反映できるように、「科学・技術対話」を推進するためのイベントを開催することが強く推奨されています。そこで私たちは、日本海を取り巻く環境の変化に関する最新の研究成果をご紹介し、日本海の過去・現在・未来の姿について市民の皆さまと共にじっくりと考え、また様々なご意見を伺える機会をもつことを目的に、環日本海地域の中核都市で市民向けの講演会を実施しています。2016年度の金沢市(地球環境研究センターニュース2017年4月号参照)、2017年度の新潟市(地球環境研究センターニュース2018年5月号参照)に引き続き、2018年度は2019年2月16日(土)に九州大学応用力学研究所との共催で「日本海で進みつつある環境の変化〜その驚くべき実態に迫る〜」を九州大学西新プラザにて開催しました。

2. 講演会の概要

講演会は推進費2-1604課題代表・荒巻の趣旨説明に引き続き、本課題分担研究者から九州大学の千手智晴氏、荒巻、海洋研究開発機構の笹岡晃征氏の順に登壇し、最後に共催の九州大学応用力学研究所から高山勝巳学術研究員にゲストスピーカーとしてご講演して頂きました。

「地球温暖化と海〜日本海異変〜」 千手智晴(九州大学応用力学研究所)

日本海は「小さな大洋(ミニチュア・オーシャン)」といわれています。それは、日本海が太平洋の面積の1%にも満たない小さな海であるにも関わらず、亜熱帯循環と亜寒帯循環という二つの大きな循環系を内包しており、さらに黒潮や親潮に対応する強い海流をともなっているからです。また日本海の深層には、日本海の内部で形成され、日本海の中だけを循環する特別な海水、「日本海固有水」が分布しています。この海水の形成と循環は、南極や北極の近くで形成された冷たくて重い海水が深海に沈み込み世界中の海へと広がってゆく過程(熱塩循環)に酷似しています。講演では、特に「日本海固有水」に注目し、日本海の深いところにはどんな流れがあるのかを解説し、近年、地球温暖化によって日本海深層に生じている異変を紹介しました。日本海での事例を通して、地球温暖化と海との関係を説明しました。

写真1日本海深層に生じている異変から地球温暖化と海の関係について講演した九州大学の千手智晴氏

「温暖化に伴う日本海の環境変化〜化学分析が捉えた決定的証拠〜」 荒巻能史(国立環境研究所)

ミニチュア・オーシャンとも呼ばれている日本海では、「ミニチュア」であるがゆえに近年の地球温暖化などの気候変動の影響が大洋よりも早く現れる可能性があります。つまり、日本海をモニタリングすることで、将来的に地球規模で起こる変化を、あたかもDVDの倍速再生のように観察できるかもしれないのです。これを証明するように、私たちの長年にわたるモニタリングの結果から、その影響が日本海の奥深くに忍び寄っていることが明らかになってきました。深海では、水温が上昇、海水中の酸素量は減少を続けています。試算では、今後も温暖化が加速すると100年後には深海から酸素がなくなってしまう予測になっています。そこで、私たちは海水中に微量に存在する様々な化学成分の精密分析を武器として、そのメカニズムの解明に挑戦しました。講演では、これを丁寧に解説し、温暖化による日本海への影響について紹介しました。

写真2海水中に微量に存在する様々な化学成分の精密分析によって温暖化に伴う日本海の環境変化について講演した荒巻

「宇宙から見た日本海の植物プランクトン分布〜人工衛星を用いた地球環境変動観測〜」 笹岡晃征氏(海洋研究開発機構)

近年、人工衛星による地球観測技術が発達し、海洋における様々な諸現象を広範囲で連続的に観測することが可能となっています。とりわけ、海色(かいしょく)センサーは、海洋における植物プランクトンの現存量を推定できる唯一の衛星センサーとして知られ、地球規模の環境変動を理解するための有力な道具として注目されています。海色センサーを研究で使うためには、植物プランクトン現存量の指標となるクロロフィルa濃度等のパラメータを、いかに精度よく推定するのかが重要な課題となっています。講演のなかで、なぜ人工衛星から海洋の植物プランクトン現存量が測れるのか、その測定原理について説明し、衛星の観測精度を向上させるために何が必要か、今後の検討課題等についてお話ししました。最後に、海の温暖化が急速に進行している「日本海」を例に挙げ、衛星から日本海の植物プランクトン現存量の季節変化がどのように見えるのか、過去数十年における海の環境変化に対して、植物プランクトン現存量がどのように変化してきているのか、最近の観測結果を交えて解説しました。

写真3人工衛星が捉えた日本海の植物プランクトンの季節変化について講演した海洋研究開発機構の笹岡晃征氏

「日本海深層の溶存酸素は100年後に無くなってしまうのか?」 高山勝巳氏(九州大学応用力学研究所)

日本海の深層における溶存酸素濃度は太平洋の同深度と比べて高く、このことは日本海では表層から深層への海水供給が活発に行われていて、日本海独自の深層水「日本海固有水」が形成されている証拠となっています。しかし近年の観測結果から、日本海深層の酸素濃度が年々減少する傾向にあることが示され、このままではおよそ100年後には無酸素になると懸念されています。そこで私たちは、海洋の流れや物質の循環を計算する、いわゆる海洋数値モデルによって将来の日本海の環境がどのように変化するかをシミュレートしています。今回は日本海の水温が100年後までにどのように変化するか、そして日本海深層の酸素は予想の通り100年後になくなってしまうのか、そのシミュレーションの結果について紹介しました。

写真4100年後の日本海の水温や日本海深層の溶存酸素に関するシミュレーション結果について紹介した九州大学の高山勝巳氏

3. ディスカッション

各登壇者が、一般向けということで難しい言葉を避けてユーモアたっぷりに解説したおかげで、市民の皆さまから多数のご質問やご意見・ご感想を伺うことができました。特に、地球温暖化の影響を受けて日本海深層の循環が弱くなっていることを示す最新の観測データを見せて解説した千手氏の講演や、これらのデータを組み込んだシミュレーションモデルで日本海環境の100年後を予測した結果を解説した高山氏の講演には、「世界的な循環が止まると氷河期になると聞いたが本当か」、「今後、日本の気候はどうなってしまうのか」、あるいは「人間活動による影響はシミュレーションモデルの中でどう考えられているのか」など、将来の気候変動を危惧する声や質問が寄せられ、関心の高さがうかがえました。荒巻や笹岡氏の気候変動と海洋環境変化に関する講演については「海洋環境に変化が起こることで人間の生活にどう関わってくるのか」という質問を頂いたことを受け、荒巻は「各漁場単位で考えたときに、例えば魚種やそのサイズが変わることが考えられるし、すでにそのような事例は多数報告されている、したがって場合によっては水産業や周辺経済には大きな影響も現れるだろう」と話し、2018年12月に施行された「気候変動適応法」について解説しながら、国立環境研究所を中心に地方自治体と一緒になって、環境変化の予測とそれに対する市民の適応について研究を進めていくと説明しました。

写真5会場の雰囲気(質問やご意見をたくさんいただきました)

4. おわりに

市民の皆さまに講演会に来ていただくためにはその内容を早くわかりやすく周知することが重要ですが、今回はやや出遅れてしまいました。そこで、地元紙・西日本新聞のイベント情報欄に掲載を依頼したところ、これが功を奏したようで、直前の告知にも関わらず新聞を見たという来場者が多数いらっしゃいました。マスメディアの力に助けられました。実は、福岡県は荒巻の出身地であったことから、講演会にも参加してくれた高校時代の同級生らが県南地方を中心にポスター貼付を買って出てくれました。参加者増にはあまりつながりませんでしたが(ごめんなさい)、心強く思いました。ここに感謝の意を表します。

推進費2-1604課題は本年3月で終了となりました。この間、市民講演会を通して参加者の皆さんからたくさんのご意見を頂戴しました。「目から鱗。日本海は凄い海なんだね。これからも私たちにいろいろ教えて下さい」というお褒めの言葉も研究者に大きなモチベーションを与えますが、私が一番印象に残ったのは「気候変動によって環境の変化が起こっていることは良く理解できた。じゃ、私たちは何をしたら良いの?」という質問でした。市民の皆さんが適応策へ関心を寄せていることを実感させる言葉です。近い将来に新たに提案させて頂く研究課題では、是非、適応施策に貢献できるテーマに取り組みたいと考えています。

ご意見、ご感想をお待ちしています。メール、またはFAXでお送りください。

地球環境研究センター ニュース編集局
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