2019年6月号 [Vol.30 No.3] 通巻第342号 201906_342002

自然と人間社会にまたがる炭素循環研究の動向 EGU 2019出張報告

  • 地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室長 伊藤昭彦

1. はじめに

欧州地球科学連合(European Geosciences Union: EGU)は、分子レベルから惑星探査まで地球科学を網羅する研究集会として、米国地球物理学連合(American Geophysical Union: AGU)に匹敵する規模を誇っている。4月8〜12日、ウイーン・オーストリアセンターで開催された2019年大会には、16273人が参加し16000件以上の発表が行われた。日本からの参加者は235名だったが、これは欧州各国、米国、中国、さらには韓国や台湾よりも少ない。筆者は2006年を最初として3回目の参加であり、この13年間でEGUが大きく発展してきたことを実感したとともに研究のあり方について色々考えさせられた。筆者が参加・出席したセッションを中心に、EGU参加で得られた成果を報告する。

写真1最寄り駅から会場のオーストリアセンターへ

2. 気候-炭素循環の相互作用

発表を行ったセッション(Carbon budgets and climate-carbon response: governing mechanisms, limitations, and implications for the Paris Agreement)は初日午後にPICO形式(科学の国の「はて、な」のコトバ参照)で開催され、Damon Matthews博士(カナダ・Concord大学)による基調講演から始まった。本セッションは中長期的な炭素循環変動と気候変動との間の相互フィードバックが主題であり、特に「CO2排出に対する漸移的な気候応答(Transient Climate Response to Emission: TCRE)」に関する解析が多く見られた。TCREを象徴する、積算排出量と温度上昇の緊密な関係の図は、IPCC第5次評価報告書のハイライトの一つとしてしばしば取り上げられている(図1)。産業革命前からの温度上昇幅をパリ協定で目標とされた2°C(さらには1.5°C)までに抑制するには、どの程度までCO2排出が許容されるかなども見て取れる重要な図である。Matthews博士は、シンプルな数理モデルを用いてTCRE関係に関する分析結果を報告した。過去の人為起源CO2排出量のうち海洋や陸域に吸収されて温暖化に寄与しなかった分も相当あり、その量的な不確実性がTCREの不確実要因の1つであることを示した。Matthews博士のグループは、複雑詳細な気候モデルを使う代わりに、最小限の要素のみを抽出した数理モデルや、EMIC(Earth-system Model with Intermediate Complexity)と呼ばれる比較的シンプルな地球システムモデルを用いることが多い。今回の発表も、社会経済や生物など複雑な要素は省く代わりに、簡略なモデルによる計算で示唆に富む結果を出しており参考になった。

筆者の発表は、中長期的な炭素循環フィードバックで特殊な役割を果たすと考えられる陸域生態系に関するものであった。実は当初、別の陸域炭素循環にフォーカスしたセッションに発表申込みをしたが、調整を経て、炭素関係は上記セッションにまとめられた。結果として、学際性が高まり良かったと感じている。人為起源CO2排出のうち3割程度は陸域に吸収されるため[注]、TCREの不確実性を減らす上で陸域炭素収支の長期的な変化を把握する意義は大きい。今回の発表では、陸域生態系の炭素収支において、空間的に不均質で短期的には無視されがちな規模だが、長期積算すると見過せないほど大きな影響を及ぼす小規模フロー(撹乱(科学の国の「はて、な」のコトバ [8](地球環境研究センターニュース2010年12月号)参照)に伴うものを含む)に着目した。取り上げたのは、土地利用変化、バイオマス燃焼、生物起源揮発性有機物質(Biogenic Volatile Organic Compounds: BVOCs)放出、大気とメタン(CH4)の交換、土壌エロージョン(土壌浸食)、溶存性有機炭素の流出、森林での木材伐採、農地管理による炭素移動、である。それぞれの規模は年間0.1〜1Pg C程度(1Pg = 1015g)であり、光合成や呼吸によるCO2交換と比べると2桁ほど小さい。そのため、多くの炭素収支評価やモデル推定では省略されてきたが、今回それを生態系モデルにフルに取り入れたところ、平均的な陸域生態系の炭素ストックは10%程度抑制され正味のCO2交換量にも相当の影響が生じることが分かった。重要な結果は、これら小規模フローを加味することで生態系の構造や機能が影響を受け、光合成や呼吸によるCO2交換量もあわせて複雑に変化することである。これまでのモデルは、光合成による炭素の固定と、呼吸による炭素の放出、それに土地利用の影響を加えた程度の詳細さで炭素収支を評価していた。しかし、土壌エロージョンやBVOC放出により炭素が生態系の外に運ばれているとすると、生態系の炭素ストックはどんどん減少してしまう。それを補填するため植物の光合成による大気からのCO2固定がより多く必要になる。これらの要素を含めたモデルと炭素収支評価の精緻化は、現状を理解するだけでなく、将来の収支とそれに伴う気候へのフィードバック効果を推定する上で有効性を発揮するはずである。

図1産業革命(1870年)からの積算排出量と温度変化の関係図(第1作業部会・政策決定者向け要約 Fig. SPM10など).異なる大気中濃度シナリオと過去の観測結果が含まれている

写真2会期中には個別の研究発表だけでなく共通テーマに関するディベートも盛んに行われた.これはプラネタリーバウンダリーに関するパネル討論

3. 土壌に関するセッション

EGUは22の研究分野を設定しており、その中に「土壌システム科学(Soil system science)」が含まれることは特筆に値する。つまり大気科学や海洋科学と同等のレベルで土壌科学部門が別立てされており、30分野を設定するAGUでさえ土壌はBiogeosciencesの一部分に過ぎないことを考えると、EGUがいかに土壌を重視しているかが分かる。欧州で土壌研究が盛んなことは、土壌炭素のグローバルな詳細マップとして公開されている4種類全てが、オランダなど欧州の研究機関が中心となって開発したものであることからもうかがえる。それは歴史的に欧州で農業・畜産が重要な産業であることに加え、約2万年前の最終氷期の影響(氷床で土壌が削剥された)など土壌形成に関わる要因の多様さも原因と考えられる。土壌は炭素循環においても重要な役割を果たしており、将来の気候変動下における土壌からの炭素放出量変化は気候フィードバックの1つとなりうることは広く認識されている。

EGU期間中には土壌関連セッションが継続的に開かれており、その中で参加した「土壌物質循環モデルに関するセッション(Soil biogeochemical modelling - from empirical description to emergent behavior)」の概要は次のようなものであった。先ずEleanor Blyth博士(英国・水文生態研究センター)の招待講演では、土壌表面を介した大気–陸域相互作用に関するレビューが行われた。土壌中の物理的過程だけでなく炭素循環など生物地球化学的過程を扱う場合、土壌中の水分動態を考慮する必要があるが、透水係数や保水性などのパラメータを広域で決定することが課題となっている。講演では水循環を強化した陸域モデル開発プロジェクト(Hydro-JULES)などが紹介された。続いてMarkus Reichstein博士(ドイツ・マックスプランク生物地球化学研究所)により、「生きている土壌パラダイム(Living soil paradigm)」が示された後、データ駆動型のアプローチによる土壌パラメータ推定の試みが紹介された。現在の炭素循環モデルや地球システムモデルにも土壌はパーツとして組み込まれているが、微生物や植物の根の作用までを詳細に組み込んだものはない。また、長期的な土壌生成(例えば土壌の深さが変わる、など)を正しく表現できない静的なモデル構造となっている。そのようなモデルの不十分な現状を打破し、より動的で高度な土壌モデルへと進化する上で「生きている土壌パラダイム」は一考に値する指針であった。今後も、このような研究の最新状況を注視しつつ、自分のモデル開発への参考としていきたい。

写真3出版社や機器メーカーによる展示ブースにも多くの人が訪れていた

4. 国地域スケールの温室効果ガス(GHG)収支

地球環境の人間社会的側面は、EGUのような大規模国際学会でますます取り上げられる比重が増している。国地域スケールのGHG排出量を正確に把握することは、パリ協定における国ごとに定めた削減目標(Nationally Determined Contributions: NDCs)が達成されているかを確認する上で不可欠な作業である。そのため従来手法を応用するだけでなく、新たな科学的手法(例えばGOSATなど温室効果ガスを測定する人工衛星)が開発されている。

国地域スケールのGHG収支把握をテーマとしたセッションでは、CO2とCH4の2部に分かれて各国の最新動向が報告された。Sara Mikaloff Fletcher博士(ニュージーランド・国立水大気研究所)の発表は印象的で、高分解能な大気逆推定モデルを用いてニュージーランドにおけるCO2収支を評価していたが、それは同じような島国である日本にも応用可能な先行例を見る思いだった。Euan Nisbet博士(英国・ロンドン大学)は最近20年の大気CH4の変動を、濃度と安定炭素同位体比の精密観測データに基づいて検討しており、地域こそ特定されなかったが熱帯湿原の寄与など注目される結果が得られていた。最後に、Aki Tsuruta博士(フィンランド・気象研究所)により、国環研GOSATグループとも共同で行われた地域-全球スケールのCH4逆解析に関する研究報告が行われた。現在、自分が携わっている事業・プロジェクトにも、国地域スケールのGHG収支を対象とするものが複数あり、このセッションの発表は最新動向を知る上で非常に有意義であった。

5. おわりに:EGU会場での雑感など

秋のAGUと春のEGUは、この分野の研究者にとってスケジュールとして定着したと言える。日本の研究者は5月頃に日本地球惑星科学連合(Japan Geoscience Union: JPGU)大会も開かれるのが悩ましいところではあるが、多様性と質の面で間違いなく参加を検討する価値のある会合である。

EGU会場では持参したボトルに飲料水を自由に汲める蛇口が多数設けられているなど、環境への配慮が随所に見られた。ポスター発表で使用されるボードは全て木製であったが、それぞれデスクと電源が備えられており、ノートPCを用いた動画表示や資料配布などに有効利用されていた(写真4参照)。自然の素材と技術の調和の好例であろう。ポスター発表の会場は、筆者が最初に参加した2006年はやや閑散とした感じであったが、今回は常時活発な議論が行われる場になっており、上記のような工夫もその一因と考えられる。一方、参加者に対して口頭発表会場はややキャパシティ不足が目立ってきた。それも当然で、総参加者は2006年の7732名から倍以上に増加している。プレナリー(全体会議)が行われたホールも、明らかに16000人に対して数分の1の収容人数であったし、部屋に収まりきらず廊下にまで聴衆があふれているセッションもしばしば見られた。EGUが益々多くの研究者を惹き付ける魅力ある学会なのは喜ばしいことだが、将来的には会場の問題にも解決が求められるかもしれない。

写真4ポスター会場の1つの様子

脚注

  • 化石燃料消費や森林伐採による人為起源CO2排出の収支は、炭素循環に関する国際プロジェクトGlobal Carbon Projectなどにより詳しく調べられている。最近10年間(2008–2017)に関するまとめによると、総CO2排出のうち海洋と陸域はそれぞれ22%、29%を吸収し、44%が大気に蓄積する(残余5%分は行方がはっきりしない)。排出量や収支の内訳は条件によって変わりうるため、それが将来予測で考慮すべき炭素循環のフィードバック効果となる。

*EGUの過去の記事は以下からご覧いただけます。
MAKSYUTOV Shamil「地球科学の最近の動向:EGU2013年総会に参加して」2013年7月号

アルテ・ドナウ(Alte Donau)

伊藤昭彦

会場となったオーストリアセンターは、リングと呼ばれるウィーン中心部からドナウ川を渡った北東に位置している。そのさらに郊外側にはアルテ・ドナウと呼ばれるかつてのドナウ川蛇行跡である旧流路があり、市民憩いの場となっている。水辺の緑地・公園だけでなくボートやヨットを係留するハーバー、レストランなどが並び休日などはさぞや賑わうのであろう。そのアルテ・ドナウ地区にはいくつかの手頃なホテルもあり、今回はその1つに投宿した。リングのように歴史的な風情こそないが、会場から徒歩圏内であること、雑踏がなく治安の不安が少ないこと、生活のためのマーケットなどが充実して便利、など利点も多い(市内・会場とU1線で直結するKagran駅周辺はショッピングモールが建設中でさらに便利に)。昼休みの散歩コースとしてもお勧めである。

写真5アルテ・ドナウの様子

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