2019年4月号 [Vol.30 No.1] 通巻第340号 201904_340001

AGU Fall Meeting 2018参加報告 —米国での地球物理学会創設100周年を目前にして—

  • 地球環境研究センター 気候モデリング・解析研究室 主席研究員 中島英彰

1. はじめに

米国地球物理学連合(American Geophysical Union: AGU)は、1919年に米国国立研究協議会(National Research Council)によって創設された学会で、米国科学アカデミー(National Academy of Sciences)加盟の学会として50年以上活動してきた。1972年からは非営利法人組織となっている。「米国」の名を冠してはいるが、実際には現在137ヶ国、60,000人の構成員を持つ、地球物理学分野では世界最大の国際学会である。2018年は、ちょうどAGUの最初の創設から99年がたち、翌年創設100周年を迎える記念すべき年であった。

AGUは、地球物理学分野では世界で最も権威のある科学雑誌の1つであるJournal of Geophysical Research (JGR) やGeophysical Research Letters (GRL)、Review of Geophysics (RG) をはじめとする数々の科学雑誌を刊行してきており、これらの雑誌に筆頭著者として学術論文を掲載することが出来れば、地球物理学者として一人前だと評価される目安にもなっている。

AGUが主催する国際会議として最大であるのが、毎年12月初旬に開催される秋季大会(Fall Meeting)である。AGUは、かつては春にもSpring Meetingも毎年開催していたが、現在では春季大会は行われていない。その代わり、世界の地球物理学者達の多くは、春には毎年5月にウィーンで開催される欧州地球科学連合大会(European Geosciences Union: EGU)に出席し、秋にはAGUに出席するのが恒例となっている。また、特定のテーマを絞った会議として、Chapman Conferenceという規模の小さな会議も随時開催している。

私が初めてAGUの会議に出席したのは、大学院博士課程を修了し、名古屋大学の助手に採用された直後、1993年5月に米国東海岸・メリーランド州のボルチモアで開催されたAGU Spring Meetingであった。それから早や25年以上の年月が経過したことになる。当時はSpring Meetingは米国東海岸のどこか(ボストン、ボルチモア、ワシントンD.C.等)、Fall Meetingは米国西海岸サンフランシスコのMoscone Centerで開催されるのが通例であった。ちなみに、このMoscone Centerは、1995年のアメリカ映画「ザ・インターネット」の舞台にもなっていた、世界的に有名な国際会議場である。ところが、Moscone Centerが施設の老朽化による建て替えを理由に、2017年から2年間使えないこととなった。そこで急遽AGUのFall Meetingが2017年はルイジアナ州・ニューオーリンズで、2018年は首都・ワシントンD.C.で開催されることとなった。

写真1会場となったWalter E. Washington Convention Centerの内部

2. AGU Fall Meeting 2018の概要

12月10日〜14日に開催された今回のAGU Fall Meetingには、26,000人ほどの参加者があったようだ。私が1990年代に参加していたころは6,000〜7,000人規模であったと記憶しているので、この25年間で参加者の規模が4倍にも拡大したことになる。その要因の一つは、中国や韓国、その他アジア諸国からの参加者の増加と思われる。日本からの参加者数は、残念ながら当時と比べてそんなに変化しておらず、ここにも最近新聞などでしばしば取り上げられているような、日本の科学の国際的な地位低下傾向が見て取れる。会議のプログラムは、以下のような30程の分野に分かれ、それぞれの分野に属するセッションが数多く開催されている(カッコ内は、筆者による分野名の仮訳)。ちなみに、この中で下線付き太字で示してあるのは、私がAGUに参加し始めた頃から存在していた分野であり、最近の分野の細分化傾向が見て取れる。

  • 1) Atmospheric and Space Electricity(大気・空間電気学)
  • 2) Atmospheric Sciences(大気科学)
  • 3) Biogeosciences(生物地球科学)
  • 4) Cryosphere(雪氷科学)
  • 5) Earth and Planetary Surface Processes(地球惑星表面プロセス)
  • 6) Earth and Space Science Informatics(地球宇宙情報科学)
  • 7) Education(教育)
  • 8) Geodesy(測地学)
  • 9) GeoHealth(地球健康学)
  • 10) Geomagnetism, Paleomagnetism, and Electromagnetism(地磁気・古地磁気・地球電磁気学)
  • 11) Global Environmental Change(地球環境変化)
  • 12) Hydrology(水文学)
  • 13) Mineral and Rock Physics(鉱物岩石物理学)
  • 14) Natural Hazards(自然災害)
  • 15) Near Surface Geophysics(表層地球物理学)
  • 16) Nonlinear Geophysics(非線形地球物理学)
  • 17) Ocean Sciences(海洋学)
  • 18) Paleoceanography and Paleoclimatology(古海洋・古気候学)
  • 19) Planetary Sciences(惑星科学)
  • 20) Public Affair(公共問題)
  • 21) Seismology(地震学)
  • 22) Societal Impacts and Policy Sciences(社会影響・政策科学)
  • 23) Space Physics and Aeronomy (SPA)-Aeronomy(超高層物理学:大気物理)
  • 24) SPA-Magnetospheric Physics(超高層物理学:磁気圏物理)
  • 25) SPA-Solar and Heliospheric Physics(超高層物理学:太陽圏物理)
  • 26) Study of Earth’s Deep Interior(地球深部科学)
  • 27) Tectonophysics(地殻物理学)
  • 28) Town Hall(タウンホール公開講座)
  • 29) Union(共通分野)
  • 30) Volcanology, Geochemistry and Petrology(火山学・地球化学・岩石学)

それぞれのセッションでは、通常2日間に渡って口頭発表とポスター発表が行われ、その分野の最新の情報交換と議論が行われる。AGUの特徴の一つに、ポスター発表スペースの広さが挙げられる。1人あたりにあてがわれるのは畳1畳が横になったほどのポスターボードであり、そこにそれぞれA0やB0横サイズの綺麗なポスターを張り付けて議論を行う。ポスターもまる1日掲載可能であり、午前(8:00–12:00)か午後(14:00–18:00)の4時間がまるまるポスター発表時間として割り当てられている。ただし、コアタイムとして最低1〜2時間発表したのちは、他の人のポスターも十分見られるように配慮されている。また、通常の学会発表の他に、著名な研究者による1時間程度のLectureも行われる。以下に、今回の発表のなかで私が特に注目したLectureと招待講演内容について報告する。

写真2Exhibition Hallの中にあった、AGU100周年をあしらった花のディスプレー

3. Paul Newman氏によるCharney Lecture

会議2日目の火曜日11:20から、数値予報の分野で著名な功績を残した米国の気象学者Jule G. Charneyを記念したCharney Lectureで、NASA Goddard研究所のPaul Newman氏による “Atmospheric chemistry from space: past, present, and future” という講義形式の発表が行われた。Newman氏はオゾン層研究の世界的な権威であり、ちょうど今年2019年2月に公開された、4年に1回発行されている世界気象機関(WMO)の2018年版オゾンアセスメントレポートの共同編集長も務めている。Newman氏の講義では、V-2ロケットからNASAの人工衛星による地球観測に発展していく歴史と、オゾン層研究の関連、オゾン層の現状と将来の気候変動による影響などについて、包括的な発表がなされた。特に、1957〜1958年にかけて行われた「世界地球観測年(International Geophysical Year: IGY)」に関連して、1957年に当時のソ連がスプートニク衛星を打ち上げた後に、米国も1959年にVanguard-2衛星を打ち上げて、1960年からは後の気象衛星につながるTIROS-1衛星を打ち上げ、衛星からの地球観測を本格的に開始した歴史について報告した。1970年にはPaul Crutzenが超音速旅客機が成層圏で放出するNOxによるオゾン破壊の危険性について指摘し、1974年にはMario MolinaやSherwood Rowlandがフロン(CFC)によるオゾン層の破壊について警告した。そして、1985年に実際に日英の研究者が、南極上空のオゾンホールをそれぞれ独立に発見した。その後、NASAの人工衛星TOMSデータの再解析の結果、TOMSでもオゾンホールが観測されていたことが明らかとなった。研究の結果は1987年のモントリオール議定書につながり、1995年にはCrutzen、Molina、Rowlandの3名がノーベル化学賞を受賞することにつながった。それから、各国の人工衛星によるオゾン層の継続的なモニタリングが続けられている。さらに、将来の気候変動に伴うオゾン層の将来予測に関しても、その回復量が温室効果ガスの量によって大幅に異なるという最新の予測結果が述べられた。

翌日の水曜日には、間もなく公開される2018年版WMOオゾンアセスメントレポートの概要が、筆頭共同編集長であるNOAAのDavid Fahey氏らによって紹介された。なお、このアセスメントレポートは、2019年2月6日に、NOAA/ESRLの以下のページから公開され、取得可能である。(https://www.esrl.noaa.gov/csd/assessments/ozone/2018/

写真3ポスター会場にやって来た、Charney Lectureを行ったNASAのPaul Newman氏とともに

4. Stephen Montzka氏によるCFC-11に関する発表

会議3日目の水曜日の午後、A32A: Atmospheric Trace Species in the Stratosphere: Distribution, Trends, Variability, and Processes Related to Stratospheric Ozone and Climate IIというセッションで、NOAA/ESRLのSteve Montzka氏が “Towards a further understanding of the magnitude and underlying cause for the recent increase in global CFC-11 emission” というタイトルの招待講演を行った。その内容は、2018年5月にNatureに発表された、2013年以降のアジアからのCFC-11の(モントリオール議定書の国際条約に反する)違法排出の増加を報告した論文の続報であった。このNature論文では、2014–2016年のCFC-11の全世界での排出量が、2002–2012年の値に比べて減らないどころか毎年13Gg増えてきていると報告されている。それが今回の発表では2017年の最新の推計値が示され、それは予測による値より40Ggも高い値となっていると報告された。また、論文の中では、ハワイ・マウナロア島での観測データからのインバース計算により、CFC-11の放出は東アジアのどこからかであると推計している。本発表ではさらに、最近のNew York Times紙やEnvironmental Investigation Agency (EIA) の報告書をもとに、最近の中国におけるCFC-11の違法放出の現状が報告された。そして、このままCFC-11の放出が続くと、オゾン層の回復が7〜20年遅れる可能性があると警告し、今後のさらなるCFC-11の全球的なモニタリングの重要性が強調された。しかし、Nature論文が発表された2018年5月以降、CFC-11の排出が減少し始めた可能性についても報告があった。

ちなみに、私もこのセッションのポスターで、“Long-term observations of CFC-11, CFC-12, HCFC-22, HCFC-142b, and HFC-23 from ground-based FTIR at Syowa Station, Rikubetsu, and Tsukuba, Japan since 1995” というタイトルで発表を行った。特に、最近のCFC-11のアジアでの違法放出に興味を持つ人たちが聞きに来てくれ、今後引き続き情報交換をしようということになった。また、2019年3月にオーストリアのウィーンでCFC-11に関する会議を開催するということで、その想定される内容に関する情報交換なども行ってきた。やはり、AGUは参加者層が厚く、細かいトピックでも興味を持っている人が何人かはいるのだということを実感した。

写真4WMOオゾンアセスメントレポート筆頭共同編集長のDavid Fahey氏とともに。Fahey氏とは、私が名古屋大学に在籍していた1990年代からの知り合いで、お互いの近況報告を行った

5. おわりに

例年のサンフランシスコではなく東海岸・ワシントンD.C.で開催されたAGU Fall Meetingではあったが、サンフランシスコとは違った会場で行われたことに新鮮味があった。しかも、会議の初日に今後の開催方針に関するアナウンスがあって驚いた。それによると、2019年と2020年は、Moscone Centerの改修後ということでサンフランシスコで開催予定であるが、その後は開催場所をローテーションするとのことである。3年後の2021年は2017年に開催されたニューオーリンズ、2022年はAGUとしては初めての開催となるシカゴ、2023年はサンフランシスコ、2024年はワシントンD.C.、2025年はニューオーリンズ、2026年はサンフランシスコだそうである。これは、40年以上ずっとサンフランシスコでFall Meetingを開催してきたAGUにとっては、大きな方針変換である。どうやら、Moscone Centerの改修のおかげで、AGUの事務局はFall Meetingが米国の他の都市でも開催可能であることに気付いたものと思われる。

開催地を選ぶ基準として、AGUは以下の点を考慮したと述べている。

  • その都市への移動コストとホテルの値段(確かに、最近のサンフランシスコのホテルの宿泊価格は、昔と比べてうなぎ登り的に高くなってきていた)
  • 大きな国際会議場の存在と、十分な数のホテルの客室数
  • 市内や空港への、公共交通手段による移動のしやすさ
  • 国際会議場の、市中心部やレストラン街などとの近さ
  • 市や国際会議場、ホテル等のサステナビリティー・プログラムの有無(確かに、今回の会議場では、プラスチックの容器も、すべて生分解性のものが使われていた)
  • 会議を開催する際のトータルコスト(サンフランシスコのMoscone Centerの賃料は、実は他の国際会議場と比べて相当高いのかもしれない!?)

会議に参加する参加者にとっても、全米の何ヶ所かを回るのは、公平性の観点からもふさわしいものかもしれない。我々海外からの参加者にとっても、ニューオーリンズ以外へは日本から直通便も飛んでいて、いろんな都市を訪れるのは、新鮮味があって良いことかもしれない。私個人的には、まだこれまでに訪れたことがないシカゴでの会議に参加するのが楽しみである。また、2019年の末にAGU 100年祭(Centennial)大会が行われる予定の、改装となったサンフランシスコのMoscone Centerを訪れ、また世界中の研究者仲間と再会してDiscussionするのを、今から心待ちにしている。

地球環境研究センターニュース3月号に「AGU出張報告 最近の人工衛星を用いた大気微量成分の研究動向」(地球環境研究センター 衛星観測研究室 特別研究員 染谷有)を掲載しています。

*AGU Fall Meetingに関するこれまでの記事は以下からご覧いただけます。

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