2018年8月号 [Vol.29 No.5] 通巻第332号 201808_332004

世界遺産白神山地と温暖化 —温暖化によって土壌から排出される二酸化炭素が増加する—

  • 地球環境研究センター 炭素循環研究室 高度技能専門員 寺本宗正
  • 地球環境研究センター 炭素循環研究室室長 梁乃申
  • 地球環境研究センター 地球環境データ統合解析推進室 高度技能専門員 曾継業
  • 弘前大学大学院理工学研究科 助教 石田祐宣

1. はじめに

土壌からは多量の二酸化炭素(CO2)が放出されており(土壌呼吸)、その年間排出量は地球全体で約3,600億トン(CO2換算、2008年時点)と推定されています。この量は、人間活動によって排出されるCO2量(化石燃料の燃焼やセメント生産、土地利用変化による)の、約10倍に相当します。しかし、この膨大な量を上回るCO2を、植物が光合成によって吸収してくれているため、陸域はCO2の吸収源となっています。ところが、土壌呼吸は、今後徐々に増加する可能性が指摘されています。その場合、これまで炭素の吸収源とされてきた森林が、将来的には炭素の排出源になってしまうことも考えられます。

土壌呼吸は、植物根の呼吸によって発生するCO2と、微生物が土壌の有機炭素を分解することで発生するCO2(微生物呼吸)から成ります。このうち微生物呼吸は、土壌呼吸の約7割を占めるとされ、温度上昇によって指数関数的に増加する性質があります。つまり、少しの温度上昇で、土壌から排出されるCO2の量は、著しく増加することになります。そのため、将来の温暖化を想定すると、微生物呼吸が増加することによって大気中のCO2濃度がさらに上昇し、地球温暖化を一層加速する事が懸念されます(正のフィードバック)。

ただし、これはあくまで仮説であり、検証する必要があります。それには、実際に野外で土壌を温暖化して、長期的に微生物呼吸がどの様に変化するのかを観測すること(温暖化操作実験)が有効です。また、陸域の気候や植生、土壌の組成は多様ですから、その違いに応じて、微生物呼吸の温暖化に対する応答も異なることが考えられます。そのため、多くの異なる地域で土壌の温暖化操作実験を行い、長期的にデータを積み上げることが理想です。しかし、その様な長期的な温暖化操作実験に関する観測データは、非常に限られているのが現状です。特に、将来的なCO2排出量の増大が予想され、気候変動の将来予測において重要な、アジアモンスーン地域における観測例が絶対的に不足しています。

そこで、我々の研究グループでは、独自に観測システム(大型自動開閉チャンバーシステム)を開発し、日本(寺本宗正ほか「地球温暖化によって土から排出される二酸化炭素の量は増えるのか?—6年間の検証実験から—」地球環境研究センターニュース2017年1月号参照)を含むアジアモンスーン地域の代表的な森林(例えば、北海道最北端針広混交林、九州地方コジイ林、中国亜熱帯亜高山帯天然常緑広葉樹林など)において、土壌の温暖化操作実験を広域的に展開してきました。この度、弘前大学と共同で行ってきた、5年間(2011年末から2016年末まで)の温暖化操作実験の観測データから、世界遺産である白神山地において、微生物呼吸が温暖化によってどれほど変化するのかを検証しました。

2. 観測方法と結果

2011年9月上旬、弘前大学白神自然観察園に隣接するミズナラ林[1](場所:青森県中津軽郡西目屋村川原平101-1)に、大型自動開閉チャンバーシステムを設置しました。地表面から約1.6mの高さに赤外線ヒーターを設置して、深さ5cmでの地温を約2.5°C人工的に上昇させました(温暖化区)。温暖化区と、温暖化を行わない対照区における地表面からのCO2排出速度を連続的に観測し、温暖化区でどれだけ微生物呼吸が増進するのかを評価しました(写真1)。チャンバーシステムは積雪のない5月から11月のみ設置し、積雪期間中は回収しています。

写真1白神山地のミズナラ林に設置したチャンバーと赤外線ヒーターの様子

写真2雪解け後にチャンバーを設置する弘前大学の石田祐宣助教と学生(5月中旬)

結果

図1白神山地における2011年末から2016年末までの地温、土壌水分と降水量 (a)、対照区と温暖化区の微生物呼吸速度 (b)

5年以上の観測期間を通して、温暖化による微生物呼吸の増進(温暖化効果)が確認されました(図1)。また、対照区でも温暖化区でも、季節的な温度上昇に対して、指数関数的に微生物呼吸が増加することが例年確認できました(図2)。

1°C当たりの温暖化効果は6.2〜17.7%で、毎年大きく変動していましたが、5年間の平均値は10.9%となりました(図3a)。この温暖化効果は、欧米の先行研究よりも大きなものであり(1°C当たりの昇温で+0.1%以下(参考論文1);+5.6%以下(参考論文2))、本ミズナラ林における簡易的な微生物呼吸の温度反応式から予測された数値(10.2%)と非常に近いものでした(図3a)。この予測値は、温度敏感性の指標であるQ10[2]をベースに導かれたものです。本観測地におけるQ10値は2.40から2.85(平均2.66)であり、多くの将来予測モデルが採用している2.0よりも、概して大きいものでした。これらの結果から、本観測地では、温暖化による微生物呼吸の増加量が、現状予測されているよりも大きくなる可能性が示されました。長期的に大きな温暖化効果が確認されたことには、日本の森林土壌に土壌有機炭素が多く含まれることが関係していると考えられます。

また、温暖化効果の年々変動と、観測期間における降雨の日数の間には、強い正の相関が確認されました(図3b)。そこから、長期的に温暖化効果が確認された事には、白神山地の湿潤な環境も強く影響している事がうかがえます。

図2白神山地における2011年末から2016年末までの、微生物呼吸の温度に対する反応(対照区()と温暖化区(×))

図3(a) 微生物呼吸に対する年平均温暖化効果の実測値とモデル推定値の比較、(b) 微生物呼吸に対する年平均温暖化効果の実測値と降水日数の相関

3. まとめ

本研究結果は、土壌に含まれる有機炭素の量が多く、湿潤な環境にあるアジアモンスーン域の森林土壌においては、温暖化によって増加する微生物呼吸の量は、従来予測されていたよりも多いことを示唆するものです。これは、同様の手法を用いて、異なる地域(アジアモンスーン地域)で確認された結果と合致します(参考論文3、4、5)。

本研究の結果が、アジアモンスーン地域に広く適用可能なものならば、将来より多くのCO2を土壌が放出することで、現在予測されているよりも地球温暖化をさらに加速する可能性も考えられます。土壌からのCO2排出量が、温暖化でどの様に変動するのかは、依然大きな不確実性を含んでいます。この点が、将来予測の精度を向上させる上で大きな壁になっています。その中で、本研究の結果は、より正確な将来予測を行うための貴重な検証データになるものと考えています。

脚注

  1. 日本の冷温帯に広く分布する、代表的な落葉広葉樹。
  2. 温度敏感性の指標であり、温度が10°C上昇した際の、CO2排出速度の増加倍率を示す。

参考論文

  1. Luo, Y. Q., Wan, S. Q., Hui, D. F. & Wallace, L. L. (2001) Acclimatization of soil respiration to warming in a tall grass prairie. Nature 413, 622–625, doi: 10.1038/35098065.
  2. Melillo, J. M. et al. (2002) Soil warming and carbon-cycle feedbacks to the climate system. Science 298, 2173–2176, doi: 10.1126/science.1074153.
  3. Aguilos, M., et al. (2013) Sustained large stimulation of soil heterotrophic respiration rate and its temperature sensitivity by soil warming in a cool-temperate forested peatland. Tellus B 65, 20792, doi:10.3402/tellusb.v65i0.20792
  4. Wu, C., et al. (2016) Heterotrophic respiration does not acclimate to continuous warming in a subtropical forest. Scientific Reports 6, 21561. https://doi.org/10.1038/srep21561
  5. Teramoto, M., Liang, N., Takagi, M., Zeng, J., Grace, J. (2016) Sustained acceleration of soil carbon decomposition observed in a 6-year warming experiment in a warm-temperate forest in southern Japan. Scientific Reports 6, 35563, doi:10.1038/srep35563

発表論文

Teramoto, M., Liang, N., Ishida, S., Zeng, J. (2018) Long-term stimulatory warming effect on soil heterotrophic respiration in a cool-temperate broad-leaved deciduous forest in northern Japan. Journal of Geophysical Research: Biogeosciences, doi: 10.1002/2018JG004432

記者発表

「白神山地でも温暖化によって土壌から排出される二酸化炭素が増加—長期の疑似温暖化実験で土壌有機物の分解が促進される—」
http://www.nies.go.jp/whatsnew/20180416/20180416.html

「Global Warming Stimulates CO2 Emissions from Forest Soil in Shirakami-Sanchi —Increased soil organic carbon decomposition based on a soil warming experiment—」
http://www.nies.go.jp/whatsnew/20180416/20180416-e.html

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