2017年6月号 [Vol.28 No.3] 通巻第318号 201706_318003

地球環境研究センターの活動に期待することを原澤英夫理事に聞きました

  • 地球環境研究センターニュース編集局

1978年4月1日、国立公害研究所(現国立環境研究所)に入所し、2013年4月1日から国立環境研究所(以下、国環研)理事を務められている原澤英夫理事に、地球環境研究センター(以下、CGER)のこれからの活動に期待することなどを、CGERニュース編集局がうかがいました。

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*このインタビューは2017年4月18日に行われました。

編集局

原澤さんは、理事就任前、国環研の社会環境システム研究センター長としてCGERの事業を評価する立場におられました。理事として、現在のCGERの活動に関する印象をお聞かせください。

原澤

CGERの活動が以前と変わってきていると思います。CGERは1990年に設立され、私は1992年1月から1995年3月までCGERのデータベース研究管理官(併任を含む)を務めました。観測データからデータベースを構築し、研究や政策に使ってもらうことが主目的でした。その後、CGERの業務にはデータベースなど事業的なものだけではなく研究も入ってきました。設立されて20年以上が経ち、本来のCGERの役割が再び研究と合わせて重要になっています。

CGERの活動のうち、特に技術革新という意味で、温室効果ガス観測技術衛星GOSATによる二酸化炭素(CO2)濃度の観測は画期的で、人類にとって非常に重要な成果だと思います。国環研の規模では観測の飛行機や大きな観測船を自前で所有することはできませんが、CONTRAILプロジェクト(民間航空機を利用したCO2濃度観測)や商用船を使った海洋でのCO2吸排出観測などにより工夫して広域の観測を実現していることは、国内外でもユニークな活動だと思います。加えて、観測データからモデルを作り、最終的には政策対応として低炭素社会に結びつくような研究も進めています。地上・海上から衛星までの垂直方向の観測と、観測から低炭素社会実現まで、かつ国内から国際までの研究協力と、事業が三次元的に広がっています。観測対象は大気質から温暖化影響という新しい側面にまでチャレンジしています。とりわけ国内の機関に先駆け、地方自治体や環境省などとも協力して温暖化影響観測を始めたことで、今後の適応策の研究にもつながっていくと思います。CGERの果たす役割は今後も大きくなっていくでしょうから、限られた人材と予算をいかにうまく使って、政策や社会のニーズに応えていくかということが課題になります。

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編集局

「三次元」の展開という評価をいただいたのは初めてです。民間航空機や商船を利用した観測を考える人はいると思いますが、それを実際に成功させたことが素晴らしいと私も思います。

原澤

地球観測は実績と予算・人員があれば、多様な方法で進められます。国環研は、1974年に国立公害研究所としてスタートしたとき、研究職員500人体制を目標としたと聞いていますが、実際は半分くらいの研究者数で業務を担うことになりました。そうすると、人や予算が足りない分さまざまな工夫をしていく必要があります。地球全体の炭素循環の解明のために大気や海洋の物質を測りたいという、目的意識の高い研究者が、いろいろな発想で進めてきたのだと思います。最初に行った研究者は大変苦労しただろうことは容易に想像できます。高圧ガスなど必要な観測機器を搭載する際には安全性の問題もあり、法律的な規制もクリアさせなければなりません。そして、人や貨物を運ぶのが主目的である飛行機や船に観測を付け加える意義を事業者の方に理解してもらわなければいけません。結果的に観測が成功したのは、やはり民間企業がわれわれの進めている地球観測の重要性を理解し、協力してくださったからだと思います。

編集局

2016年11月にパリ協定が締結されて、いよいよ後戻りできない、社会の仕組みも変えなければ実現できない、本気の温室効果ガス削減に向けた取り組みが始まりました。これまで以上に社会のコンセンサスを得て研究を進めなければなりません。CGERも、社会環境システム研究センターや資源循環・廃棄物研究センターとの連携をさらに緊密にしていくべきではないかと考えます。理事はどのようにお考えでしょうか。

原澤

国環研内の連携は、ある面は進んできています。第3期中期計画(2011〜2015年度)では、研究プログラムを10設定して、各センターがそれぞれの分野を担当しました。その延長線で2016年度から第4期中長期計画がスタートしています。今期は、低炭素社会にかかわる研究など問題解決型のプログラムになりましたから、一つのセンター、あるいはある分野の研究者だけではなかなか研究が進められないので、分野を越えた形での連携ができ始めています。

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編集局

これからの地球温暖化対策では、原因を少なくする緩和だけでなく、すでに起きている影響に対する適応も必要になってきます。研究者は適応に関連する研究に対して、現時点でどのようなアプローチを考えているのでしょうか。「適応に関する科学的知見」という概念がまだ定量的ではなく、はっきりしていない感じがあり、広報部門もどのような勉強をしたらいいか迷っています。これまでのような研究スタイルと違うことが出てくるのでしょうか。

原澤

CGER Report I006「気候変動影響評価のための予備的ガイドライン」は、1992年にIPCCが公表した “Preliminary Guidelines for Assessing Impacts of Climate Change” の邦訳です。このガイドライン作成と邦訳に西岡秀三先生(元国環研理事)と私がかかわっていて、当時は、温暖化の影響と適応がワンセットになっていました。最近は適応策が緩和策と対になる概念として扱われていますが、温暖化の影響がなければ適応策をうつ必要はありません。2013年に公表されたIPCC第5次評価報告書では、1880〜2012年に世界平均地上気温は0.85°C上昇したとあり、世界中で温暖化の影響が現れてきています。この影響をどう見積もるかというところに科学的知見が必要なのです。科学的な知見を元に実践的な対策を講じるのですが、温暖化の影響は地域的に異なったかたちで現れるので、空間的に細かい予測値が必要です。かつて、気候モデルは60km程度の空間精度でしたが、ダウンスケーリングによって5kmとか2kmまでになりました。気候モデルの開発に伴い影響研究もだんだん進んできています。

また、これまでは地球の平均気温上昇による影響評価が中心でしたが、熱波や豪雨などの極端現象の予測がやっとできるようになって、そういう極端現象の影響も考慮すると、従来考えていた平均的な気温上昇による影響より重大性が増してきています。もうひとつ、現在は、生態系への影響や熱波による健康影響など、温暖化による影響を分野ごとに捉えていますが、これらが複合現象として現れることもあり得ます。研究事例もすでに提出されてます。温暖化による植生への影響だけではなく、大型の台風が通ったらどうなるかという、生態系と極端現象の影響の両方を考慮した研究も行われています。影響に関する科学的な知見を蓄積していかなければいけない部分と、それを適応策に翻訳してうまく使うことが必要になってきます。国環研は温暖化影響研究については、気候モデルの開発も含めてしっかりやってきています。さらに国環研内だけではなく、国内のいろいろな研究機関と共同研究を進めて成果を最大化するようなことも行ってきたと思います。

編集局

これまで将来の地球の平均気温上昇をスーパーコンピュータ(以下、スパコン)でシミュレーションしてきたのですが、極端現象も含め、複合的な影響についても実験ではできないので、スパコンによる研究はますます重要になってきますね。

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スパコンが計算した暑い日(年最高日最高気温)と強い雨(年最高日降水量)の記録が更新された面積割合(%)の年変化。横軸上の十字は、再現実験と非温暖化実験に統計的有意な差がある年を示す。この結果から、人間活動によって暑い日と強い雨の記録が更新される可能性が上がっていたと評価された 出典:Shiogama H. et al. (2016) Attributing Historical Changes in Probabilities of Record-Breaking Daily Temperature and Precipitation Extreme Events. SOLA, 12, 225−231, doi:10.2151/sola.2016-045.

原澤

極端現象の影響研究では空間的に詳細なレベルの予測が必要になってきますから、スパコンがないと研究ができません。最近、さまざまなケースを確率的に多数回起こす計算によって、予測された将来気候がどれくらい起きそうかを検証することにより事象の不確実性を評価できるようになってきました。これまではどうやっても1回しか計算できなかったことが、スパコンの進歩によって100回といった計算(アンサンブル実験)ができるようになり、将来、ある値以上のことが起こる確率がわかるようになってきました。また、スパコンを使った気候予測の研究が進化してきて、極端現象が起きたときの影響評価もできる状況になってきたので、適応策を考える際にも有効だろうと思います。

国環研では気候モデルのグループと影響研究のグループの両方がいるので、一緒に研究を進められるメリットがあります。というのは、影響の研究者が気候モデルの結果をシナリオという形で使うときにいろいろな処理が必要になってきます。そのときに気候モデルの研究者の協力は欠かせません。気候モデルグループと影響研究のグループが一緒に研究する事例が増え、国内的にも国際的にも分野を越えた連携によって温暖化の科学が進んでいます。国環研はこうした連携の拠点になるということが大事です。また、観測でいいデータをとったら、単にデータベースを構築して利用してもらうだけではなく、自らそれを使って問題解決に結びつけるというところがCGERとしての次の段階につながっていくでしょう。

編集局

それはCGERや国環研が不得意なことではなく、むしろ問題解決の意識を根底にもっていますので、さらに突き進んでいけばいいのではないかという印象をもちます。

ところで、CGERのウェブサイトでは2007年から始めたQ&Aシリーズ「ココが知りたい地球温暖化」(http://www.cger.nies.go.jp/ja/library/qa/qa_index-j.html)がいまだに多くのアクセスを得ています。最近のCGER広報ではビデオでの解説シリーズ(ココが知りたいパリ協定 http://www.cger.nies.go.jp/ja/cop21/)やフェイスブック(https://www.facebook.com/niescger)での記事メイキングビデオアップロードなど、研究者が直接語りかけるコンテンツを導入しています。これらは研究所の活動を外国の研究者が評価するインターナショナルアドバイザリーボードによる助言を踏まえて、理事室からのアドバイスに応えるべく取り組んでいるつもりです。

原澤

CGERの広報は工夫をしながら新しいことを取り入れて、うまく活動していると思います。ビデオやSNSなどいろいろな媒体で発信するとより多くの人に受け取ってもらえるのですが、研究所全体として行おうとすると制約がありなかなかできません。CGERがあまりこだわらずに新しいかたちで発信できるのはいいことだと思います。受け手の側に立った情報発信が重要で、難しいことをいかにわかりやすく伝えるかというノウハウは、CGERの広報にかなり蓄積されていますね。その一例が「ココが知りたい地球温暖化」です。東京大学のとある先生から、「ココが知りたい地球温暖化」を参考にしているとお聞きしたことがあります。一般の人だけではなく、その分野、あるいはほかの分野の専門家たちにとっても参考になる情報がCGERにはあるということを理解していて、広範囲な対象者を念頭においた広報になっていますね。さらにCGERの広報のいいところは、手作りで発信を進めてきたことです。どんどん出てくる新しい情報についても、これまでと違う発想の何かいい工夫を実現するのにすばやく対応できます。外注するとお金がかかりますし、思っていたとおりのものができてこないことがあります。ですから、CGER広報は、日々勉強しつつ、新しいチャレンジをしてほしいと思います。国環研の広報を担当する環境情報部とも連携をとり、先端的な試みをして、面白いと思うものは各センターと知識を共有していくというのも大切でしょう。

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