2016年12月号 [Vol.27 No.9] 通巻第312号 201612_312003

長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— 14 キャビティリングダウン分光法で測る温室効果ガス —落語風説明—

  • 地球環境研究センター長 向井人史

【連載】長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— 一覧ページへ

二酸化炭素など温室効果ガスの濃度測定といえば、赤外線吸収法でしょうというのが相場です。通常この吸収量を測るのには、ある程度長い測定セルを使います。その際、セルが長ければ長いほど感度が上がるということになりますが、運動場のトラックみたいに100mも測定装置があったら輸送するのに不便です。運ぶことを考えると、物干し用の竹竿だってまだ長すぎるでしょう。小さな装置なのに、測定のために長い距離を稼いでくれるということと、赤外線の光源の強さが一定ではなくても感度が一定で正確に測れるという性質を両方兼ね備えた分析方法が、近年爆発的に拡大してきています。今回は、そのお話ですが、難しい話なので、その概略をわかりやすく落語風に説明してみましょう。


はち:

ていへんだーていへんだーご隠居ー。

隠居:

どうしたんですか、八っつぁん。朝からそんなに慌てて。

はち:

ご隠居、これが慌てないでいられるんですかいってなもんですよ。本当に大変なんですよ。

隠居:

まあまあ落ち着いて、なんでそんなに慌ててるんですか、まあ、お茶でも一杯飲みなさいな。

はち:

あーーありがとうございますーーー。ああーおいしいですねー。やっぱりー秋はお茶に限りますね。いやーーおいしかった、じゃーご隠居これで、失礼いたします。

隠居:

おいおい、おまえさん、慌て者だな。なんか大変なんじゃなかったんですか?

はち:

ご隠居! なんで、それをご存知なんですか?

隠居:

ご存知も何も、おまえが大変だっ!て家に飛び込んで来たんじゃないか。

はち:

あれ! いけね。そうでしたそうでした。すみません。いやねご隠居聞いてくださいよ。最近街で話題になっている観測装置でね、なんか20kmぐらい赤外線を飛ばして、赤外吸収が測れる装置があるって聞いたんですよ。たしか、“キャベツとりんごのなんとか” とかいう、なんだかうまそうなもんを使って測ってるような名前らしいんですけどね。いいですか、20kmですぜ。それが、なんと机の上に載せられたり、車に積んだりできるらしいじゃないですか。20kmの長さのものを、どうやって机の上に置くんですかい? そりゃもう事件ですよ。

隠居:

“キャベツとリンゴのなんとか” じゃなくて、それをいうなら「キャビティリングダウン(CRD)」でしょう。ガスの濃度を測る最近流行の機械ですよ。

はち:

えー食べもんを使ってるんじゃないんですか? キャベツっていうからてっきり。キャベツを使った新型装置で、野菜が高騰だから、食べられたりしたら、いいなあと。

隠居:

食べもんじゃないよ。“キャベツ” じゃなく、「キャビティ」だな。キャビティっていうのは、まあ簡単にいえば鏡の箱だな。それに “リンゴなんとか” じゃなくて「リングダウン」っていうもので、リングダウンというのは、まあ減衰して終わるっていう意味合いらしいんだが、比較的新しい大気の観測方法なんだよ。

はち:

なるほどなるほど、キャビティって鏡の部屋ですか。わかりました。わかりました。そのくらいは知ってますよ、ご隠居。合わせ鏡で赤外線を跳ね返すというわけですね。1mの長さで、20000組ぐらいの合わせ鏡があれば、ジグザグに光を跳ね返して20kmになりますね。

隠居:

実はそうではない。鏡は鏡だけれど、20000組の合わせ鏡を置くとまた体育館ぐらいの大きさになっちゃうだろう。そうじゃないんだな、これが。簡単には2枚から4枚ぐらいでいいんだよ。

はち:

えー! どういうこと? 4枚の鏡? それじゃ四六のガマみたいなもんですかね。鏡の中でどっちを向いてもガマがいて、そのうちに汗をたらりたらりとかいてダウンしちゃうやつだ。キャビティガマ我慢ダウンだ。

隠居:

おいおい、ちいと乱暴だな。でも、おまえさんがいうことも少しあっているかもしれんな。ただ、ガマが入っているわけではないんだ。空気が入ってるんだな。

はち:

空気っていうと、あれですか? 読み間違うとおこられちゃうやつですかい?

隠居:

まあ、八っつぁんの場合は正解だな。

はち:

そうなんですか? やっぱり。

隠居:

まあ、ちゃんといえば、「測定される空気とぐるぐる回る赤外線」だな。

はち:

測定される空気といいますと?

隠居:

そうだ。その空気の中には、地球温暖化とかで問題になっている二酸化炭素、メタンみたいなものがあるでしょ。それをこの機械で精度よく測ろうってなものなんだよ。

はち:

へー、すごいですね。ぐるぐる回るってのは?

隠居:

赤外線なんだが、近赤外線っていわれる領域だね。

はち:

キン赤外線っていうからきっと金色に光ってるんですね。

隠居:

いや、金色には見えないよ。

はち:

じゃあ何色です?

隠居:

いや色は見えないのさ。赤外線だからね。いいかい、最近赤外線通信というものが使われているだろう。テレビのリモコンとかだよ。あれは目に見えないだろう。

はち:

透明人間なんですね。

隠居:

いや、まあ人間ではないんだけどね、目には見えない光だね。近赤外線は通信用のレーザーにたくさん使われているので、世の中の技術が進んでいるんだよ。

はち:

ふむふむ。

隠居:

温室効果ガスというのは、赤外線を広く吸収しているのだけれど、ここでは、ガスがそれぞれ吸収する赤外線を測りたいわけだな。このレーザーは、調整すれば二酸化炭素が吸収する波長にぴったりあう赤外線を出すことができるんだ。

はち:

ほーほーそうなんだ。

隠居:

そこで、この鏡が重要なのさね。鏡といっても、0.001%ぐらいは赤外光が後ろに抜ける仕組みになっていてね、残りの99.999%ぐらいが反射することになってるんだ。この鏡を2枚向かい合わせにするか、3–4枚でぐるっと反射するようにするか、ともかく、入った赤外線が鏡の間でキャッチボールみたいにしてぐるぐる回るように置いてあるんだな。

はち:

やっぱり、それで四六のガマも汗がたらーりーってやつですね。

隠居:

ここまでは、これまであった赤外線吸収装置とあまり変わらない。従来のものは、2枚の鏡の間で何回も行ったり来たりさせて、吸収する距離を稼ぐ「長光路セル」という方法で、キャッチボールの回数を決めて最終的に吸収された量を測るものなんだ。そんなに多く行ったり来たりできない。装置が大きくなっちゃうからね。

はち:

汗をかくほどでもない?

隠居:

ところが、このキャビティリングダウン分光法というのは、キャッチボールの回数を決めずに、光が無限にぐるぐる回るように光の道筋を調整してあるというもの。光は高速で飛ぶ粒子みたいなものなので、鏡が完全に跳ね返すと、3角形に鏡を置いたなら3角形においた鏡の間を無限にぐるぐる飛び続けるということになる。

はち:

そら、やっぱり汗かいちゃいますね。

隠居:

実際は、鏡の反射は100%ではないので、少しずつ飛んで回っている光の量は少なくなっていくんですがね。

はち:

最後には、なくなっちゃうんですか?

隠居:

そうさね。そこに、もしね、その光を吸収する二酸化炭素なんかがあると、鏡だけの反射でなくなるよりもっと早く光がなくなるんだね。これが、ポイントだ。この、なくなる速さを測ることで、二酸化炭素の濃度を計算するというのが、この方法なんだな。ちょうど、鏡は少しの割合だけ光が抜けてくるので、そこで光の検出器を置いておくとその鏡の中(キャビティ)でぐるぐる回っている光の減衰速度がわかるっていう仕組みなんだ。だいたい、このぐるぐる回りで、20kmぐらいを光が飛んでいることになるらしいので、吸収量が少ない微量の成分まで測れる高感度な測定装置として有望なものなんだよ。

はち:

なるほど、ぐるぐる回りの20kmか。トラックの20km走みたいなやつですね。

隠居:

しかも、もしそこに障害物があるとさらにランナーが脱落するってやつだ。

はち:

障害物レースなんですか?

隠居:

そうそう。二酸化炭素にだんだん吸収されてトラックを回っている奴(ここでは二酸化炭素が吸収する赤外線)が少なくなっていく様子を調べるという方法だ。1000人で走っても、無限に回れというと、何もなくてもだんだん少なくなるのに、もし障害物があると、どんどん走る人が減っていくでしょう。最初にいた人に対して、適当な%に人の減る時間(ここでは赤外線の減る時間)を測定するんです。

はち:

時間を測るんですね。それは、新しい。

隠居:

ここで使っている通信用の赤外線レーザーは安定していて、結構長く使えるらしいということと、レーザーは赤外線の波長を正確に調整できるというのが特徴だ。メーカーによっても違うんだけど、例えば測りたいガスが吸収する波長の近くで、レーザーの赤外波長を正確に動かして、吸収する最大の波長と、吸収しない波長で両方の減衰時間を測ってそれを比べるというやり方で濃度をより安定して算出するという技術を使っているところもある。

はち:

ガスが吸収しない波長では、鏡の特性だけ測れて、ガスが吸収する波長ではその両方の効果が見えるってことですね。

隠居:

しかも、レーザーの強さが変動しても、その減衰する時間は変わらないという原理を使っているので感度があまり変わらないんだよ。レーザーはね、キャビティに、ある短い時間打ち込むんだな。そしたらそこで止めてあげると、光はくるくる回りながら減衰していくのさ。その減衰速度はとても速く、ミリ秒以下、マイクロ秒というという単位で測定しているってことだね。すごいだろ!?

はち:

レーザーで打ち込むんですね。ミリ秒って1秒の千分の一ですよね。マイクロ秒は1秒の100万分の一ですね。そりゃーすごい、かみさんにも言っとかなきゃ。じゃ、さいならー。

隠居:

おいおい、待ちなよー。ああーー、行っちまいやがった。

こうして慌て者の八っつぁんが家に帰ってしまいます。

figure

ガマとキャビティリングダウン分光法の概念図

トントン(戸をたたく音)

はち:

今帰ったよ。

かみさん:

おまえさん、どこほっつき歩いてんだよ。おまえさんの騒いでたキャベツリンゴなんとかはわかったのかい?

はち:

わかったよ。びっくりすんな。まずな、キャベツは、普通のキャベツじゃないんだよ。いいか? キャベツにはなあ、光源がついてんだよ。

かみさん:

そうだよ、高原キャベツだろう。よく売ってるよね。

はち:

そう? いや、そうじゃないんだよ、何とかザーってのを使うんだよ。バザー、違う違う? ギョーザ。違うな、えーと、ブルドーザー、違うな。そうだ、レーザーだよ。

かみさん:

それでサラダ作るんだろう。ドレッシングは、やっぱりシーザーだろう。

はち:

なんか違うな。それからな、えーと鏡が入ってんだよ。

かみさん:

サラミが入ってるとおいしいんだよ。

はち:

そうじゃないんだよ。サラミじゃなく、カガミだよ。鏡が入ってるんだよ。温室効果ガスの最新式の分析装置なんだよ。

かみさん:

へえー。じゃあ、その鏡でいったいどうするんだい。

はち:

えーと、それは、えーとそれは、なんだったかな。えーとガマだよ。

かみさん:

ガマってあれかい。筑波山にいるっていう?

はち:

そうそう。ガマを1000匹ぐらいいっぺんに入れるんだよ。鏡があるだろう。ガマがなあ、びっくりして、鏡に向かって行くんだよ。でも鏡に跳ね返されて、永久にぐるぐる回っていくんだよ。20kmも回ってるんだよ。

かみさん:

20kmも回ってんのかい。ガマの運動場だね、まるで。1000匹もいるんだろう。さぞ大きなものだよね。で、まさか、おまえさん、そんな、大きなもの買って来たんじゃないだろうね。家に置くところないよ、ガマ1000匹なんて。

はち:

えーー? そうじゃない、すごく小さいんだよ。机の上に置けるんだよ。ほんとに。

かみさん:

そんなはずないでしょう。おまえさん。え!? まさかもう買っちゃったのかい? だってガマだよ?

はち:

いやいや、ガマだから、まだ “蛙(かわず)” です。

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