2015年2月号 [Vol.25 No.11] 通巻第291号 201502_291003

オピニオン 気候安定化に向けた日本の基準シナリオ:一人CO2 2トンの世界から見返る

  • 地球環境戦略研究機関 研究顧問 西岡秀三

オピニオン

IPCC第5次評価報告書(AR5)は2014年10月の総会で統合報告書が承認され、2013年から順次公表された3つの作業部会報告書と合わせ、すべてが完成した。統合報告書の重要なポイントは2014年12月に開催されたCOP20/CMP10で紹介された。本年にはいよいよ日本の温室効果ガス削減シナリオも決まるため、ここでは私見ではあるが政策的な提案をしたい。

2050年2トンを目指す基準シナリオ:今年の夏までに政府は国連気候変動枠組条約(UNFCCC)に日本の政策を提示し、2015年末のCOP21(パリ)で決まる新たな枠組みのもと、2020年からの世界あげての温室効果ガス削減に向かって国内政策を整備することになる。いつどのように削減してゆくのか既に様々な論議が始まっているが、こうした論議を評価するための基準をどこに置けばいいのだろうか? IPCC AR5が示した科学の知見、UNFCCC等での国際的論議を踏まえれば、既に日本の政策の中核になるべき骨太の基準シナリオは明確になっていると筆者はみており、論議はその中核シナリオを軸にして評価されるべきと考える。

その「基準シナリオ」として、2050年人口一人当たり温室効果ガス排出[許容]量(二酸化炭素換算)2トンに向けた削減の道筋を提案する(この妥当性は後述する)。

2050年に日本の人口が1億人に減少しているとすれば、日本排出許容量は2億トンとなる。2013年排出量は14億トンであるから、2050年までの37年間に12億トン減らす、すなわち平均すれば年間0.32億トンずつ削減してゆくのが、「基準」シナリオである。この計算から「基準」削減量と基準削減率を計算すると、2020年までには7年 × 0.32億トン = 2.24億トン削減[2013年から16%減]、2030年:5.44億トン削減[約40%減]、2050年12億トン削減[86%減]となる。これが基準シナリオが示す「メド」であり、論議のベースとするものである。

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まず「%」論議をやめて「量」で話そう:国際的にも国内的にも、削減目標は削減「率(%)」で論議されることが多いが、科学的に気候安定化に必要なのはどれだけの「量(トン)」を削減するかである。何°C以下で安定化させるかが決まれば、気候安定化のために今後世界で排出可能な温室効果ガス排出量総量(Budget)は科学的に決められる。その「量」を世代間であるいは国の間でどう分け合うかの論議がUNFCCCでなされているのである。これまで国際的にはどの国が何%削減するかの交渉であったり、国の計画を立てる時に「何年何%削減」という形で論議されてきた。これをたとえば、2050年に世界排出許容量を200億トン(後述)、これを世界人口で割った一人当たり2トン、という「量」を基準とすれば、それぞれの国の2050年排出許容量が決まる。各国はそれに向けての努力をすればよい。誰が何%減らすか、基準年をどうとるか、といった計算上の論議は不要になり、誰もがその削減「量」で示される目標に向けて前向きに一斉に走り出すことになる。何%削減するかの目安は、国内外の社会経済転換時摩擦度の指標としては役立つが、気候安定化という目的からは、量的設定から割り算で出させばよい補完的な指標に過ぎない。

「基準シナリオ」の妥当性:本提案の「2トン基準シナリオ」自体への論議は、あって当然である。筆者は、以下の3つの観点から、これが日本政策論議の「基準」となりうる頑健で骨太なシナリオと考える。

科学すなわち自然の論理:第一は、IPCC AR5で示された科学的根拠である(地球環境研究センターニュース2014年4月号6月号7月号参照)。AR5は温暖化の進行を確認、これが人為的原因であることをほぼ確実とした。また温暖化による被害が各地で起き始めており、適応が必要になってきていることや、今後の温暖化の進行で深刻な被害が引き起こされることを予測評価した。さらに、今後の取りうる数多くの抑止シナリオを検討し、UNFCCCで合意されたように温度上昇を2°C以下にとどめるには、2050年には温室効果ガス(二酸化炭素換算)排出を200億トンあたりまで下げる道筋がありうると示した。またこれまでの観測とモデル計算から、温室効果ガスの累積排出量が温度上昇と比例している事を示し、温室効果ガスを出している限り温度は上がり続ける、すなわち何度以下にとどめるのであれ、温暖化を止めるには究極的には人為的温室効果ガスを全く出さないゼロエミッションの世界にしなければならないことを明快にした(西岡秀三「気候政策の背骨を示す一枚の図:厳しい自然の論理」地球環境研究センターニュース2014年7月号参照)。そして、2°C以下にとどめるために排出できる許容排出総量が(幅はあるが)あと二酸化炭素換算1兆トン(1,000GtCO2)程度と見積もり、今のままの排出(年間約360億トン)を続けると30年以内にそれを使い切ってしまうであろうことを示唆した。懐に残されたこのわずかな一兆トンの許容排出量(Budget)をこれから低炭素化で節約しつつ、なるべく50年から100年と引き延ばして使ってゆき、使い切ってしまう前にゼロエミッション世界に変える、というのが今の世代の挑戦である。転換のための残り時間はほとんどない。

科学者の手で明らかにされたこの自然の論理が、「一人2トンの割り当て」の根拠である。なお日本は既に2007年のハイリゲンダムG8サミットで、当時の安倍首相が2050年世界半減を提唱している。

国際合意すなわち地球規模の協力:気候というのは人類共通の「資源」であるといってよい。一部の国の抜け駆け排出がある限り温暖化は止まらない。2010年のカンクン会合(COP16/CMP6)では「世界全体の気温の上昇が2°Cより下にとどまるべきであるとの科学的見解を認識」して今後とも話し合うことにした。2°Cのリスク判断や実行可能性については論議があるが、この政策目標を変える動きは今のところないから、これを基準にして論議がなされればよい。世界中で一人当たり2トンの割り当てとすると、既に今でもおおむね、中国は6トン、タイでは4トン、インドネシアは2トン(エネルギー起源のみ)近く排出しているから、これからは世界のほんどの国が削減に向かうことになる。交渉で言われる「共通だが差異ある責任」については、2050年にはこうした国の経済発展が今の先進国並みになっていることを考えれば、一時的な増加が許されても、「一人当たり2トン」削減はもう「共通の」責任になっているであろう。

国際競争力で勝ちぬくために:IPCCはまた、世界あるいは各国の対策は、遅れれば遅れるほど後での対応が苦しくなることを示している。世界排出許容総量[今からの累積で]が定まっていて、それが各国に割り当てられるBudget型分配では、さしあたって楽をしようと放出を増やせば後のとばっちりは自国でかぶらねばならない。世界的対応の遅れは、温暖化による被害を増やし、投資遅れで高炭素にlock-inされた社会を変えるのにも、よりコストがかかる、とIPCCは指摘している。こうした状況から、欧州諸国を先頭に中国も加わり、早い者勝ちに低炭素社会経済への転換を進めていて、エネルギー総量の削減に必要な省エネルギー技術・システム開発、さらにはサプライチェーンでのエネルギー・資源効率改善、再生可能エネルギー投資を大きく進めており、低炭素社会技術システム構築に向けた国際競争が始まっている。

日本は福島第一原子力発電所事故からの仕切り直しに苦慮しているが、短期の政策がどうであれ、目指さねばならない一人当たりの排出量2トンの世界への道筋を「基準」とした長期戦略で進むしかない。

2トン社会からのバックキャストで今からの政策を議論する:「基準」シナリオは極めてシンプルである。この基準自体に関して論議されるべきことは、リスク回避として2°C以下とした政策目標の是非であるが、2°Cが3°Cでも大幅な温室効果ガス削減に向かわねばならないことには変わりがない。2°Cはとても達成できないという見通しもあるが、何もしないとどんどん温度が上がってゆくのであるから、―目標は後で変えるにしても今はここを世界合意の政策目標として目指すしかない。また、一人当たり平等に温室効果ガス排出量2トンという数字も、歴史的累積排出量も入れた公平性の観点からの論議もあろう。残り財布の中身を世代間/国間で分け合うBudgetの考えからは、2020年、2030年目標も含めて先進国にとってさらに厳しい割り当てになる可能性も残る。

国内政策にとっては、%論議から抜けて、2トン社会の構築で世界に勝ちぬくという明確な目標設定により、前向きの取り組みができる。2050年から今に向けた直線的配分での「規準シナリオ」との対比で、2トンにいたる低炭素投資を時期的にどう配分するかの論議をすることができる。

低炭素社会構築は今世紀の大挑戦である。自然と人間の調和に向けて社会システムを大きく変えねばならない。将来いずれは一人当たりの排出量2トンの低炭素社会を築かねばならないのであったら、その社会のイメージを明らかにし、その実現に向けて社会を変えてゆくには、いつどのような政策を打ってゆくか、いわゆるバックキャスティングで考える。そこにこそ、安心な暮らし、新しい価値創造のための雇用の発生、国際経済競争に遅れを取らない技術開発の芽が発見できるのではなかろうか。

目次:2015年2月号 [Vol.25 No.11] 通巻第291号

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