2014年4月号 [Vol.25 No.1] 通巻第281号 201404_281004

メタンフラックスを測る —メタンフラックスと炭素循環に関する講習会・セミナー参加報告—

  • 地球環境研究センター 陸域モニタリング推進室 高度技能専門員 田中佐和子
  • 地球環境研究センター 副センター長 三枝信子

2014年2月23日から27日にかけてAsiaFlux Training & Seminar on Methane Flux and Carbon Cycle​(メタンフラックスと炭素循環に関する講習会・セミナー)がバングラデシュ農業大学にて開催された。AsiaFluxは、アジア地域における陸域生態系と大気の間で交換される物質(二酸化炭素、メタン、生物起源の揮発性有機化合物、水蒸気など)および熱エネルギーの観測や評価を行う分野の研究者を中心とするコミュニティーであり、2011年から観測測器の製造会社と連携して若手育成を目的とするトレーニングコースを開催している。国立環境研究所地球環境研究センターは、1999年の活動開始当初から事務局としての機能を果たしており、研究集会、トレーニングコース、ワークショップ等の開催支援やウェブサイト・データベースの管理などを行っている。今回実施したのは ‘メタンフラックス’ をメインテーマとして取り上げたトレーニングコースとセミナーで、当センターからは三枝・田中が参加し、バングラデシュ側と共同で企画・運営を行った。参加者は講師を含め11か国から約40名であった。

メタンは温室効果ガスのひとつであり、大気中濃度は二酸化炭素に比べると少ないものの、地球温暖化係数(GWP)は二酸化炭素の20倍以上あり、地球温暖化に対する寄与率は二酸化炭素の約6割に次いでメタンは約2割を占めているため、温暖化に対して無視できない影響があるとされている。陸域生態系と大気の間で交換される気体の量を測る方法として、乱流渦による空気の動きと気体の濃度変動から物質の鉛直方向の輸送量(フラックス)を高感度、高速測定で観測する渦相関法がある(渦相関法や関連測器についての詳細は、高橋善幸「長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— [1] 渦相関法」地球環境研究センターニュース2012年4月号を参照)。二酸化炭素を渦相関法により測定するために必要な性能を満たす分析計はすでに広く普及しているが、メタンについては分析計の性能的な制約があり、渦相関法の適用は限られた環境でしか行われなかった。しかしながら、高性能で取り扱いの容易なオープンパス型のメタンフラックス計が市販化されたため、これを導入する観測サイトが最近アジアでも増加してきている。その一方で、観測方法にもデータ処理方法にもまだ技術的問題が多く残されているというのが現状である。そこで、今回AsiaFluxとしてはメタンフラックスを初めてメインテーマとして取り上げ、観測技術の向上とそのアジアへの普及をはかることにした。一方、チャンバー法(手法、関連測器についての詳細は、寺本宗正「長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— [6] 地球温暖化と土と二酸化炭素—土壌からのCO2フラックス観測を支える箱—」地球環境研究センターニュース2013年7月号を参照)を利用してのメタンフラックスの観測は1980年代から進められているので、セミナーでは観測手法の違うグループからの発表と議論が行われた。

1. トレーニングコース

最初の3日間は米国の観測測器の製造会社であるLi-Corによるトレーニングコースが実施された。渦相関法の理論に始まり、フラックス観測の始め方(場所の選び方、測器を設置する方法、良質なデータを収集するための装置の維持管理など)、最後にはデータ処理についての講義と実践が行われた。参加者が、教室の中で測器を実際に設置し、測器から得られるデータを処理するソフトを実際に動かすといった、現場でもすぐに使える実践的なトレーニングであった。

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トレーニングコースの様子。参加者が全員でフラックス観測測器を設置した

2. セミナー

セミナーでは、トレーニングコースの参加者が自分達の観測サイトで実際にメタンフラックスを測定した結果や考察が発表され、それに基づく議論が展開された。開催地がバングラデシュということもあり、東南・南アジアにおける観測結果の発表が多くを占めた。

まず、主催者であるMd. A. Baten氏(バングラデシュ農業大学)から、バングラデシュで唯一の観測地点でトレーニングセミナーが開催されたことを喜び、この機会が有意義な時間になることを願う開会の挨拶があった。引き続き、Prabir Patra氏(海洋研究開発機構)から、基調講演として現在行われている陸域生態系と大気の物質交換を地上側と大気側の両方からアプローチして分析を進めている研究の紹介があった。現状では、南アジア地方でのモデルによるメタンフラックスの推定結果に大きなずれがあることから、南アジアの農業を主体とする地域の地上データ取得の重要性が強調された。

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熱心にセミナーを聞く参加者の様子

次に、参加者一人ひとりから実際の観測結果が紹介された。水田の観測結果では、Ma. Carmelita Alberto氏(国際稲研究所)が、フィリピンの水田でのメタンフラックスの発生について、田植え時期にピークを迎えることや、灌漑と稲の成長がメタンフラックスの季節変化に影響を与えていることを発表した。続いて、間野正美氏(千葉大学)から、今回のトレーニングコースが行われているバングラデシュ農業大学の水田におけるメタンフラックスの観測結果が紹介された。バングラデシュでは、他の観測地の平均結果よりも高い値が検出されたこと、バングラデシュの水田でも、フィリピンと同様に、田植え時期にメタン放出量はピークを迎えその後徐々に減ること、その原因として、気温変化が大きく影響しているであろうという結果が発表された。また、同じバングラデシュの水田サイトでの二酸化炭素フラックス、土壌からの二酸化炭素とメタンフラックスの観測結果がバングラデシュ農業大学の方から紹介された。

水田以外では、Suraj Rodda Reddy氏(インド宇宙研究機関)がマングローブ林での初期の観測結果を紹介した。マングローブの植生は常緑であるがメタンフラックスは季節変化が観測されていることが報告された。しかしその理由はもう少し長期にわたり観測してみないと特定できないということだった。アジアの重要な自然生態系の一つであるマングローブ林の物質循環については未知のことが多く、議論が盛り上がった。また、Chandra Shekhar Deshmukh氏(ラオスナムトゥン2電力会社)から、ラオスの水力発電用の溜池におけるメタン、二酸化炭素、亜酸化窒素の総合的な観測結果が紹介された。水中の泡に含まれるメタンの濃度に基づき水面から大気に放出されるメタンの量を測定したところ、1年のうち、主に温暖な乾季に70–80%が泡として大気に放出されるプロセスから発生していると報告があった。

観測手法に関するものでは、南川和則氏(農業環境技術研究所)から、以前から観測が実施されているチャンバー法の標準化の動きについて、特に、水田における国際的な取り組みが紹介された。小野圭介氏(農業環境技術研究所)からは、これから渦相関法でメタンフラックスを観測しようとする人に対し、観測サイトの条件(電源の有無、メンテナンスの頻度など)に応じたオープンパス、クローズドパスの選択について、有益な情報が提供された。Wonsik Kim氏(農業環境技術研究所)からは、遠隔地の観測サイトでもインターネットを介してリアルタイムで観測データの状況を把握できる解析プログラムFluxProの紹介があった。

 

3. 最後に

バングラデシュで初めて行われたトレーニングコースやセミナーであったが、活発に質問・意見交換が続いたことが良かった。最近AsiaFluxに登録されるサイトも東南・南アジアが中心であるが、この地域の人々が関心をもち、彼らの手により観測が少しずつ着実に進められてきていることが実感できる1週間だった。

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全体写真

バングラデシュ農業大学内フラックス観測サイト

  • 田中佐和子
  • 三枝信子

バングラデシュで唯一のAsiaFlux登録サイトであるバングラデシュ農業大学内の水田サイトで、トレーニングコースの現地実習が行われた。この水田サイトでは2006年から継続して気象とフラックス観測が行われている。バングラデシュ農業大学は、当国随一の農業大学で、水田のほか、植物園、厩舎、魚の養殖池などの豊富な施設を用いた研究教育が行われていた。バングラデシュは都市国家を除くと世界で最も人口密度の高い国とも言われ、人とリキシャ(バイクや自転車の後ろに人が乗ることのできる乗り物)、車であふれかえっているが、大学内はのどかで農村にいるような雰囲気を感じることができた。

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バングラデシュ農業大学内水田フラックスサイト現地実習の様子

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農業大学のある町、マイメイシンの様子。中央がリキシャ

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