2013年7月号 [Vol.24 No.4] 通巻第272号 201307_272008

「地球温暖化研究の最先端を見に行こう」春の一般公開における講演会概要 5 低炭素社会に向けたロードマップ:研究から社会実装に向けて

甲斐沼美紀子 (社会環境システム研究センター フェロー)

地球環境研究センター 交流推進係 高度技能専門員 今井敦子

4月20日(土)に行われた科学技術週間に伴う国立環境研究所一般公開「春の環境講座」において、地球環境研究センターは、社会環境システム研究センターとの共催による講演会「地球温暖化研究の最先端を見に行こう」を行いました。講演内容(概要)をご紹介します。なお、野尻幸宏さん、横畠徳太さん、高橋潔さんの講演内容(概要)は地球環境研究センターニュース2013年6月号に掲載しています。

途上国全体の温室効果ガス排出量が増えている現在、世界全体の温室効果ガス排出量を削減するために、草の根からの対策を実際に行うことも重要ですが、全体的にどのくらいの削減が必要か、目標達成のためにはどういうことに注意して進めたらいいかというロードマップを作成することも有効です。

photo. 甲斐沼フェロー

アジア低炭素社会への取り組みの必要性

2010年のOECD以外の国の一人あたりの温室効果ガス排出量の平均はOECD諸国の約0.3倍ですが、今後アジアやアフリカなどは急速に発展する可能性があります。途上国の排出量が増えると地球全体に大きな影響を及ぼします。日本も含め、先進国のなかには2050年に1990年と比べて温室効果ガス排出量を半減するための対策を進めている国があります。中国やインドなどアジアの国々は先進国のように温室効果ガスを増加させないで、経済発展がとげられるかどうかを検討しています。

2007年に公表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次評価報告書(AR4)によると、1990年の世界平均気温を基準として見ると、最近の50年間は急激に気温が上昇しています。AR4では2100年までの気温変化を予測していますが、1990年との比較で1.1〜6.4℃まで上昇するという報告になっています。世界の人口は、1000年のときには3億人程度でしたが、産業革命時には8億人になり、2010年には69億人まで増えました。産業革命以降、人口増加に伴い石炭や石油の消費も急激に進んでいますから、二酸化炭素(CO2)の排出量は2009年で320億トン(CO2換算)となっています。

高まるアジアにおける対策の重要さ

私たちは特にアジアに焦点を当てて研究を進めています。なぜアジアに注目しているかといいますと、日本がアジアのメンバーですし、はじめにお話ししたとおり、今後アジアの温室効果ガスは急速に増加する可能性が大きいからです。1980年と比較して2050年に、世界全体に占めるアジアの人口比率は減少しますが、世界人口は45億人から93億人と2倍になっており、人口は増加しています。GDPについては、アジアは1980年に世界の21%でしたが、2050年には39%に増えると予想されます。CO2については、1980年には世界に占める割合は18%でしたが、2010年には42%になっています。今後どうなるでしょう。私たちの研究結果をご紹介します。

温室効果ガス排出量は1990年には383億トン(CO2換算)でしたが、2050年には900億トンまで上昇すると予想されます。2050年に世界の温室効果ガス排出量を半減するという長期目標があります。そのためには、191億トンに削減しなければなりません。2050年には世界の温室効果ガスの約半分がアジアで排出されると予想されますから、削減するためにはどのような技術が有効かを検討しています。

各国の異なる政策目標

2009年の気候変動枠組条約第15回締約国会議(COP15)で、途上国による適切な緩和行動(Nationally Appropriate Mitigation Action: NAMA、地球環境豆知識 [17] 参照)にそって各国が気候変動枠組条約に削減目標を提出することになりました。中国、インド、ベトナム、マレーシアなどは提出しています。それぞれの国で特徴のある対策をとっています。中国とインドはGDPあたりの排出量削減を目標にしています。ベトナムはモーダルシフト(貨物や人の輸送を環境にやさしく大量輸送可能な輸送手段に転換すること)や機器高効率化など需要側対策を大きく見込んでいます。まだ気候変動枠組条約に目標を提出していないタイでは、発電部門における低炭素化や燃料転換などによる大幅削減を目標としています。

削減目標を達成し、低炭素で快適な社会を実現するには、マスタープランが必要です。マスタープランの作成にあたっては、低炭素社会シナリオを描き、削減のためのロードマップを作成することが有効であると考えて、ロードマップ作成には、データの整備や手法の開発を進めていいます。

イスカンダールでの低炭素社会シナリオの開発とその実現に向けて

シナリオ作成を進めるだけではなく、どういうふうに実行していくかということも現在検討しています。その一例をご紹介します。マレーシアの最も南にあるイスカンダール開発地域を対象に、マレーシア工科大学や、実際に政策を担当しているイスカンダール開発庁の方と一緒に低炭素社会シナリオを進めています。マレーシアは急速な都市化や産業化でエネルギー需要とCO2排出が増えました。そこで、経済成長と化石燃料からの温室効果ガス排出削減を進めるシナリオ作りを私たちがお手伝いし、グリーン経済、グリーンコミュニティ、グリーン環境をテーマに検討しています。

イスカンダールにおける低炭素社会実現のために、交通部門、環境部門、ガバナンス部門で12の方策を考えました。(1) 統合的グリーン交通、(2) グリーン産業、(3) 低炭素都市ガバナンス、(4) グリーンビルディング、(5) グリーンエネルギーシステムと再生可能エネルギー、(6) 低炭素ライフスタイル、(7) コミュニティ参加と合意形成、(8) 歩きやすく安全で住みよいまちづくり、(9) スマートな都市成長、(10) グリーン & ブルーインフラと地方資源、(11) 持続可能な廃棄物管理、(12) クリーンな大気環境。方策の下にサブ方策、施策、プログラムを作成し、具体的にどう実装していくかを検討しています。

12の方策を実施することによって、実施しなかった場合と比較して、イスカンダール開発地域が2025年にどの程度温室効果ガスを削減できるのかも調べてみました。私たちの研究ではグリーンエネルギーシステムと再生可能エネルギーによって24%、低炭素ライフスタイルによって21%の削減ができるという結果が出ました。

fig.

地域ごとのロードマップの構築へ

環境省環境研究総合推進費S-6により取り組んでいる「アジア低炭素社会研究プロジェクト」では「低炭素アジアに向けた10の方策」(下表)を作成しました。例えば、低炭素エネルギーシステムを対象とした対策では、アジアではまず非電化地域における電化の促進・電化エリアの拡大が必要となります。電化エリアを拡大しながらCO2排出量を増やさないようにするにはどうしたらいいかというのは、重要なテーマです。私たちがモデルツールを開発してアジア各国の研究者や政府関係者と協働でアジア低炭素社会シナリオを開発しています。今後は、地域に根ざした方策を追加し、地域ごとのロードマップを構築する予定です。

方策1 都市内交通:階層的に連結されたコンパクトシティ
方策2 地域間交通:地域間鉄道・水運の主流化
方策3 資源利用:資源の価値を最大限に引き出すモノ使い
方策4 建築物:光と風を活かす省エネ涼空間
方策5 バイオマス:バイオマス資源の地産地消
方策6 エネルギーシステム:地域資源を余さず使う低炭素エネルギーシステム
方策7 農業・畜産:低排出な農業技術の普及
方策8 森林・土地利用:持続可能な森林・土地利用管理
方策9 技術・資金:低炭素社会を実現する技術と資金
方策10 ガバナンス:透明で公正な低炭素アジアを支えるガバナンス

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地球環境研究センター ニュース編集局
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