2013年7月号 [Vol.24 No.4] 通巻第272号 201307_272004

国立環境研究所における熱帯林研究の新しい取り組み

地球環境研究センター 炭素循環研究室 主任研究員 梁乃申

熱帯林は全陸域面積のわずか7%を覆うにすぎないが、高い生産性機能をもつため、全陸域の総一次生産量(植物の光合成による大気中のCO2の吸収量[Gross Primary Production: GPP])の約35%に寄与する。また炭素ストックとしては、全球の植物バイオマスの約57%を占めている。そのため、地球規模の炭素循環という点では最も重要な役割を担っている生態系であるといえる[注]。世界森林資源評価2010(Global Forest Resources Assessment 2010: FRA 2010)によれば、熱帯林は、世界のなかでも非常に大きい陸上の炭素吸収源の一つであり、年間約16億tの炭素を吸収している。そのうち東南アジアの熱帯林の面積は、全熱帯林の面積の15〜16%にすぎないが、1970年代における国際生物学事業計画(International Biological Program: IBP)の報告書によれば、この地域における熱帯林の炭素ストックや純一次生産量(植物の正味の光合成生産量、すなわち総一次生産量から植物の呼吸による炭素放出量を差し引いたもの[Net Primary Production: NPP])は、南アメリカやアフリカなどの熱帯林に比べてはるかに大きいとされている。したがって、多様な生物の生息地である東南アジアの熱帯林は、アジア太平洋地域の気候変動の緩和および適応において、重要な役割を担うものと期待される。

1. 東南アジア熱帯林の炭素循環

1970年代以降、東南アジア地域において、約35%の熱帯天然林が無秩序な商業伐採、オイルパームやゴムなどのプランテーション開発、伝統的慣行に従わない略奪的な焼畑などによって失われた。近年、熱帯林保全へ向けた持続的管理の手法がこの地域で模索されているにもかかわらず、森林の減少・劣化の速度に歯止めはかかっていない。最近Nature誌に掲載された論文によれば、大気中CO2濃度の上昇に伴って熱帯林のGPPが高まる反面、地球温暖化やエルニーニョ現象の頻発によって植物呼吸および土壌呼吸が促進されるため、熱帯林の炭素吸収源としての機能が失われる可能性が示唆されている(Cox et al., 2013)。また、近年Science誌に発表された論文によれば、特に東南アジア熱帯林において観測データが圧倒的に不足していることから、全熱帯林炭素循環に関する推定値の誤差が大きいことも指摘されている(Pan et al., 2011)。一方、IBPをはじめとする国際プロジェクトでは、日本の研究者を中心として、東南アジアのさまざまな熱帯林において長期プロットを設置し、細緻なバイオマス調査(森林センサス)を行ってきた。そのうち、マレーシア国半島部ネグリセンビラン州のパソ低地熱帯林は、高いNPP(約15.4tCha−1y−1)をもつことが世界に知られている(図1)。しかしながら、これまで土壌呼吸に関する細緻な調査が行われなかったため、この熱帯林の純生態系生産量(純一次生産量から土壌微生物呼吸量を差し引いたもの[Net Ecosystem Production: NEP])はまだ報告されていない。一方、1990年代後半から、環境省地球環境研究総合推進費(推進費)によって、微気象学的手法を用いてパソ低地熱帯林における純生態系CO2交換量(生態系—大気間における単位時間、単位土地面積あたりのCO2交換量[Net Ecosystem CO2 Exchange: NEE (= −NEP)])を継続的に観測してきた(Yasuda et al., 2003; Hirata et al., 2008)。しかしながら、赤道地域にあるパソ低地熱帯林は多雨かつ無風であるため、夜間を中心に有効な観測データが少なく、推定されたNEEの誤差が大きいと指摘されている。

fig. 炭素収支

図1パソ低地熱帯林における炭素収支。ΔFoliage: 葉群の増減量; ΔStem + Branch: 地上木部の増減量; ΔRoot: 根の増減量; ΔFoliage litter: 落葉量; ΔRoot litter: 根の枯死量; ΔWoody debris: 倒木および落枝

2. 国立環境研究所における熱帯林研究新体制

国立環境研究所(NIES)では、平成2年度にマレーシア森林研究所(Forest Research Institute Malaysia: FRIM)、マレーシアプトラ大学(University Putra Malaysia: UPM)との間でNIES-FRIM-UPM協定を結んでいる。その協定を基に、推進費を活用することで、パソ低地熱帯林に高さ52mのアルミタワー(写真1左)などのプラットフォームを設置し、熱帯林生物多様性や気象条件、炭素循環の研究を行ってきた。平成16年度NIES研究基板整備として、アルミタワーを繋ぐ長さ540mの林冠回廊(キャノピー・ウォークウェイ)(写真1右)を追加設置し、熱帯林の林冠構造や野生生物、樹木のフェノロジー(開花や落葉といった生物の季節による変化)などの長期観測も行ってきた。また、平成22年度NIES奨励研究として「熱帯林における土壌呼吸を中心とした炭素循環モニタリング」課題を立ち上げ、パソ低地熱帯林および周辺地域の二次林やオイルパーム、ゴムプランテーションなどの熱帯生態系における土壌呼吸の長期観測を開始した(図2)。熱帯林は、高温、多湿であるために、微生物等の活発な分解作用によるCO2の放出量が多い。連続測定した土壌呼吸速度から、天然性の低地熱帯林における土壌からの炭素放出量を、約38tCha−1y−1と推定した。これまでの報告と比較すると、本結果は熱帯林生態系における最大級の土壌呼吸速度となっている。その原因の一つとして、本研究で長期連続観測のために用いた自動開閉チャンバーシステム(長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— [6] 参照)により、従来の不定期観測ではとらえることができなかった、雨季、特に降雨の最中における、高い土壌呼吸速度をとらえることが可能であったためと考えられる。同様の調査を伐採跡地や二次林、ゴム、オイルパームプランテーションにおいて実施した結果、土地利用変化がバイオマスおよび土壌有機炭素を減少させ、熱帯生態系を劣化させていることが示唆された。

photo. 微気象タワーと、キャノピー・ウォークウェイ

写真1マレーシア国半島中央部のパソ低地熱帯林に設置されている微気象タワー(左)と、キャノピー・ウォークウェイ(右)

photo. 土壌呼吸チャンバー fig. 観測データ

図2パソ低地熱帯林に設置されている土壌呼吸チャンバー(上)と、観測データ(下)

さらに、平成23年度のNIESアジア等国際環境研究事業戦略調整費により、「熱帯林における生態学的研究等のためのパソの観測研究拠点化の推進」を研究テーマとし、現在NIESにおける新たな熱帯林研究体制を構築している。今後はNIES-FRIM-UPM協定を基に、マレーシア国内の諸研究機関と連携し、あらゆる角度からフィールド観測データを蓄積する予定である。これらの課題を完遂することで、熱帯林における生物多様性や物質循環の維持機構、気候変動による熱帯林生態系への影響とそのフィードバック効果を解明する基礎的研究等を継続的に推進することが可能となる。研究活動としては、ローカルな生物間コミュニケーションから、地球環境研究の一環としての、熱帯林炭素循環に及ぼす気候変動の影響評価に関する研究まで、幅広い視野で研究を実施し、熱帯林地域の生態学的意義の解明につなげたい。

3. さらなる研究の展開—熱帯泥炭林の開発に伴うCO2の排出

東南アジアには25万km2の泥炭地が広がり、Pageら(2011)の報告によれば、世界の泥炭炭素の11〜14%に相当する685億tの土壌炭素が存在する。熱帯泥炭地には、低平地で湿地林(熱帯泥炭林)が成立しているが、1970年代以降、急速に森林伐採が進んだ。特に、過去10年間で約20%の熱帯泥炭林が伐採され、その大部分で排水が行われて、オイルパームプランテーションに転換された(写真2左)。このような撹乱が進むと可燃性の森林残渣が大量に発生するため、大規模な泥炭火災を起こす危険性が高まる(平野, 2008)。また、排水によって土地を乾燥させることにより、泥炭の分解速度が促進され、CO2の吸収源であった泥炭林が大きな放出源に転換するものと考えられる。そこで、平成24年によりマレーシアオイルパーム研究所(Malaysian Palm Oil Board: MPOB)との共同研究で、半島部の泥炭オイルパームプランテーションにおいてCO2フラックスの観測を開始した(写真2右)。予備実験の結果、5年生の泥炭オイルパームプランテーションは60tCha−1y−1の炭素放出源として機能していることが明らかになった。

photo. CO2フラックスの観測 photo. CO2フラックスの観測

写真2泥炭オイルパームプランテーションにおけるCO2フラックスの観測

ご意見、ご感想をお待ちしています。メール、またはFAXでお送りください。

地球環境研究センター ニュース編集局
www-cger(at)nies(dot)go(dot)jp
FAX: 029-858-2645

個人情報の取り扱いについては 国立環境研究所のプライバシーポリシー に従います。

TOP