2013年6月号 [Vol.24 No.3] 通巻第271号 201306_271007

「地球温暖化研究の最先端を見に行こう」春の一般公開における講演会概要 3 温暖化の影響と適応に関する研究

高橋潔 (社会環境システム研究センター 統合評価モデリング研究室 主任研究員)

地球環境研究センター 交流推進係 高度技能専門員 今井敦子

4月20日(土)に行われた科学技術週間に伴う国立環境研究所一般公開「春の環境講座」において、地球環境研究センターは、社会環境システム研究センターとの共催による講演会「地球温暖化研究の最先端を見に行こう」を行いました。講演内容(概要)をご紹介します。

「春の環境講座」の報告は、横畠徳太「国立環境研究所一般公開『春の環境講座』を開催しました」地球環境研究センターニュース2013年6月号をご覧ください。

気候システムの変化とすでに現れている影響

過去100年くらいの観測データを見ると、気候システムの変化には疑う余地がありません。その影響は自然生態系や人間生活に現れつつあります。しかし、どんな変化が起きているかを見るためには長期にわたる継続的な観測が必要になります。

photo. 高橋主任研究員

観測された雪氷圏への影響としては、氷河湖の拡大や数の増加、永久凍土地域での地盤の不安定化、山岳での岩雪崩があります。陸上動植物の生息域も変わってきています。一部の動植物は、すでにより高緯度や高地に移動しています。

日本では、植物の開花などについても季節のズレが生じ始めています。今年も早かったですが、ソメイヨシノ(サクラ)の開花日はこの50年間に5日早まっていると言われています。植物だけではなく、昆虫や動物などにも影響が現れています。例えば、チョウ・ガ・トンボ・セミの分布域の北上、マガン越冬地の北海道への拡大があげられます。

温暖化の影響が顕在化しつつあるという科学的知見は、私たちが今行動を起こさなければならないということの重要な根拠になります。この100年間で世界平均地上気温は約0.7℃上がっています。今後の100年は将来の温室効果ガスの排出量の程度によって違ってきますが、2〜4℃の気温上昇が心配されています。これまで0.7℃上昇で見られた影響に比べて、より大規模な影響、地域によっては非常に深刻な影響が心配されます。問題点を把握して対策を進めていかなければなりません。

将来懸念される影響

将来懸念される影響についてご説明します。生態系では、種の絶滅リスクの増加(現在に比べて1.5〜2.5℃の気温上昇で最大30%絶滅)があります。国立環境研究所・北海道大学等の研究成果としても発表され、報道でもよく取り上げられるサンゴの広範な白化・死滅は比較的小さい気温上昇(1〜3℃)で起こることが心配されています。

農業では作物の生産性、収量に変化が起こります。低緯度地域では、1〜2℃の上昇で農作物の生産性が減少します。中高緯度地域は若干の気温上昇(1〜3℃)では生産性は増加しますが、それを超えると生産性は減少します。

水資源は、中緯度地域と半乾燥低緯度地域で水利用可能性が減少したり干ばつが増加したりします。

人間の健康への影響は、熱波、洪水や暴風雨、火災および干ばつによる死亡、疾病等の増加が考えられます。また、感染症媒介生物の空間的分布の変化により、間接的に人間の健康に影響を及ぼすことが心配されています。農業生産性が減少する地域の人が栄養失調を起こすなど、生産性減少とは違った形での心配もあります。

特に影響を受けやすい地域

影響を地域別に見ることもできます。温暖化の影響を受けやすいのは、横畠さんの講演にあったように、気候モデルの予測で気候の変化が大きい地域です。しかしそれだけではなく、現状の生活水準や経済水準、適応力や対応力が関係してきます。

北極は気候変化の速度の大きい高緯度地域なので、早期に温暖化による自然系への影響が懸念されています。アフリカ・特にサハラ以南の地域は、貧困等により、急激な気候変化に対応する経済的な能力、技術的な能力、教育の水準が低い状況にあります。小島嶼国は海面水位の上昇や暴風雨での高波、河川の洪水により、住民とインフラが高いリスクにさらされています。アジアのメガデルタでは、巨大な人口と、海面水位上昇や暴雨風による高波、河川の洪水によるリスクが高くなります。影響を考える場合、どんな気候変化(洪水、気温)が大きくかかわるのかを見るだけではなく、変化が起きたときに社会・経済的な側面から見て悪影響が起きやすい状況にあるのかについても考慮する必要があります。

影響予測の不確実性

温暖化の影響を考える際にもう一つ重要なことは、気候変化の予測と同様に影響の予測にもさまざまな不確実性があるということです。コンピュータ上で行われる予測の方法は、まだ完全なものではありません。今後の気候変化を大きく左右する温室効果ガスの排出量の増減も現時点ではわからない、今後私たちが選んで決めていくという要素があるからです。ですから今後50年、100年後にどこでどんな影響が起きるかについては、大きな不確実性があります。将来の三つの異なる温室効果ガスの排出の見込み(低排出、中〜高排出、高排出)それぞれについて、どのケースになったらどのような影響が起きるのかの予測を行いました。例えば高排出の場合、気候の変化が大きいという予測になりますが、予測のモデルの選び方によってさらに予測に幅が出てきます。こういった予測の不確実性の幅も考慮したうえで影響評価も行い、伝えていくことが大切だという思いで研究を進めています。

二つの温暖化対策

温暖化には二つの対策があります。一つは緩和策です。これは、温室効果ガスの排出削減、もしくは吸収量増加を通じて、気候変化の大きさ・速さを小さくするものです。もう一つは、適応策です。気候変化による悪影響を軽減するように影響の受け手側が講じる対策です。気候変化をうまく利用して好影響を助長する対策も含まれます。

fig. 二つの温暖化対策

出典:気候変動の観測・予測・影響評価に関する統合レポート「日本の気候変動とその影響(2012年度版)」

適応策の例としてよく紹介されるのが堤防のかさ上げです。温暖化すると平均的な海水面も高くなり、高波が堤防を越えてしまうかもしれません。それに備えて、海面上昇のスピードを理解しながら堤防をかさ上げすることで、高波の影響を防ぐことができます。こういった対策は他の影響についても検討することができます。どれが一番効果的か、効率的か、実施することで悪影響が生じないか、などを考慮しながら選択していくことが求められています。

温暖化対策というとこれまでは排出削減が重視されてきましたが、今まさに気候の変化が起きつつある状況ですから、適応策も講じていく方向で社会が動きつつあります。

比較的安価にできる対策の一つをご紹介します。環境省のウェブサイト(http://www.wbgt.env.go.jp/)から提供されている熱中症予防情報は、天気予報と連動して、明日、明後日の各地域、各時間帯での熱中症の起きやすさを示しています。それによって水分補給するなど対策を考えることができ、被害を軽減する取り組みです。こういったものは建物を建設したり大きな装置を設置したりする必要はありませんから、安価にできる対策と言えます。こういう対策を他の影響についても検討していかなければならないと思っています。

最後に私たちの研究成果をまとめたものをご紹介します。私たちは、全球規模の温暖化影響研究として、平成24年3月に「気候シナリオ『実感』プロジェクト成果報告書」を発行しました(平成24年4月16日公表)。これは国内の影響分野の専門家と協力しながら各部門について何が注目すべき重要な問題かをまとめたものです(http://www-iam.nies.go.jp/s5/materials/materials/S5report.pdf)。また、温暖化影響の全体像を把握し、対策を考えていかなければなりません。そういう目的で関連の研究者でまとめた書籍「地球温暖化はどれくらい『怖い』か?」が技術評論社から昨年発行されました。

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