2013年6月号 [Vol.24 No.3] 通巻第271号 201306_271001

アジアにおける持続可能な低炭素都市開発の実現に向けた知見の共有 —東アジア首脳会議環境大臣会合第4回「環境的に持続可能な都市ハイレベルセミナー」の参加報告—

社会環境システム研究センター 持続可能社会システム研究室 特別研究員 朝山由美子

1. はじめに

先進国や国際開発援助機関では気候変動に関する議題が喫緊の問題として上位にあるが、アジア途上国の都市で気候変動戦略を策定しているのは、2012年の調査によれば865都市のうち、29の都市(全体の3%)に限られている[1]。アジア地域においては、持続可能な都市開発に向けた支援や、気候変動対策実施のための能力開発が推進される一方で、都市部のスプロール現象が進み、無制御な都市の拡大が農地や天然水源の喪失を招いているにもかかわらず、経済開発の需要の高まりに伴う投資主導の開発が先行しエコシステム保全よりも商業的便益を促進するプロジェクトが進んでいると報告されている[2]。このような現状においては、環境的に持続可能な低炭素社会を目指す開発戦略を策定し、その実施に向けて資源の有効活用を促しうる知見を構築し、いち早く普及するために必要な対策の検討が急務である。

こうした問題を検討するため、筆者は昨年度に引き続き、2013年3月21日〜22日、ベトナム・ハノイにおいて開催された東アジア首脳会議環境大臣会合(East Asia Summit Environment Ministers Meeting: EAS EMM)第4回「環境的に持続可能な都市(Environmentally Sustainable Cities: ESC)ハイレベルセミナー(High Level Seminar: HLS)」に、社会環境システム研究センターの藤野純一主任研究員と共に参加し、会合の分科会の一つである「低炭素社会」セッションのとりまとめを行った。以下に、第4回ESC HLSの概要、および、「低炭素社会」セッションにおける議論の概要を紹介する。

2. 第4回「環境的に持続可能な都市ハイレベルセミナー(ESC HLS)」の概要

第4回ESC HLS[3]は、ベトナム、日本、インドネシア、オーストラリアが共同議長を務め、15か国の政府、21の地方自治体、29の国際機関、民間企業、NGO、大学・研究機関等から、約200名が参加した。

第4回HLSの開催目的は、第1に、日・ASEAN統合基金(JAIF)の下で実施しているASEANモデル都市プログラムの成果をASEAN各国が報告することであった。第2に、廃棄物管理、都市部における水と衛生、大気環境の改善によるコベネフィット、政策と法改正、都市部における気候変動適応策、低炭素社会という六つのテーマの下、国や自治体、各種機関のESCに向けた取り組みの進捗報告、将来に向けて必要な活動や協力体制に関する意見交換を行い、国や組織の壁を越えたネットワーク化を促進しながら、ESC実現に向けた都市間協力を拡大・強化していくことであった。過去3回の会合と同様、今回のHLSにおいても参加者間で議論し、合意を得た五つのポイントをEAS環境大臣に進言することを柱とする議長サマリーを取りまとめ、採択した[4]

3. 「低炭素社会」セッション

テーマ別セッション「低炭素社会」は、藤野主任研究員と、(公財)地球環境戦略研究機関機関(IGES)の小圷一久研究員が共同議長を務め、マレーシア・ジョホール州イスカンダル特別開発区、東京都、フィリップス エレクトロニクス(Philips Electronics Singapore Pte Ltd)、経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operation and Development: OECD)、 中国科学院広州能源研究所、世界資源研究所(World Resources Institute: WRI)、イクレイ—持続可能性をめざす自治体協議会日本事務所からの代表7名の発表者が、アジア各都市の温室効果ガス(Greenhouse Gas: GHG)削減に向けたプロジェクト概要を紹介し、他の都市、および国レベルでのプロジェクト普及のために必要な取り組みについて、セッション参加者と知見の共有や議論が行われた。

photo. 共同議長

「低炭素社会セッション」で共同議長を務める社会環境システム研究センター藤野主任研究員とIGES小圷一久研究員

イスカンダル地域開発庁(Iskandar Regional Development Authority: IRDA)のBoyd Dionysius Jouman氏は、2025年までのマレーシア・イスカンダルスマートシティ構想について発表し、他分野との政策調整や関連機関との連携、適切な情報通信技術の利用によるコスト削減、人材育成、民間企業主導による継続的かつ一貫した取り組みに必要とされる官民連携などの課題について述べた。東京都の鈴木研二氏は、ESC実現に向け経済的・規制的手法を採り入れた、大規模排出事業者に対する排出総量削減義務と排出取引制度(東京キャップアンドトレード制度、2010年度導入)と建築物環境計画諸制度について発表し、これらをアジアの諸都市に普及する方法を検討していると言及した。PhilipsのEdmund Hui氏は、路上や歩道で状況に応じて明るさを自動制御できるLED電球を開発し、コストを抑えつつ、市民の安全を守り、かつCO2排出を50–70%削減可能なパイロットプロジェクトを世界中の都市部で展開していることを紹介した。OECDの松本忠氏は、OECDが、急成長を遂げているアジアの都市を対象に、共通の手法で都市の経済・環境パフォーマンスを分析・比較し、都市のグリーン成長政策の評価を目的としたプロジェクトを展開すると発表した。中国科学院広州能源研究所のWang Peng氏は、中国の工業団地における低炭素発展について研究を行い、新たな工業団地の低炭素開発計画を紹介した。Peng氏は、低炭素技術の普及が工業団地発展のカギを握るが、環境規制を行うなかで低炭素経済を形成するには、進捗状況を評価する指標の策定と分析、関係者の説明責任能力を高めることなどが必要であると強調した。WRIのWee Kean Fong氏は、低炭素都市計画の策定、実施評価、進捗管理を適切に行うためには、GHG排出量の継続的な測定が不可欠であると述べた。また、Fong氏は途上国における現行のGHGの算定方法に一貫性がなく、直接排出量と間接排出量の区別があいまいで、ダブルカウンティングを導いていることから、国際基準の構築の必要性を強調した。さらに、自治体レベルのGHG削減に向けた測定・報告・検証(Measurable, Reportable, Verifiable: MRV)を推進するために、アジアの数十都市におけるパイロットプロジェクトの開始を発表した。イクレイ日本事務所の岸上みち枝氏も、WRI同様、アジアそして世界全体のGHG削減のために、各自治体が主体的に都市のMRV に取り組むことの重要性を述べ、一例として、世界の自治体のGHG削減対策データを世界共通の様式でオンライン公表する都市気候レジストリプロジェクトについて紹介した。また岸上氏は、都市間ネットワークを強化し、各都市が課題克服に向けた知見や経験を共有できる場を提供すると共に、これらの知見を国内外に発信し、自治体による自主的な気候変動対策や説明責任を促しながら地球全体のGHG削減を推進していく重要性について指摘した。

photo. 発表者

「低炭素社会」セッションの発表者たち

今回の「低炭素社会」セッションは、藤野主任研究員の工夫により、上記発表者による発表後、各発表者を中心としたグループ分けを行い、本セッションに出席したすべての出席者が、議論を深めたいと思う発表者に質問し、それぞれが知る事例を紹介し、情報を共有し合った。最後に、各発表者が各グループで話題に上ったことや議論した内容を取りまとめ、セッション出席者全員に報告した。これによりセッションの出席者全員が発言可能となり、それぞれの関心事に沿ったネットワーク形成の機会を得た。

本セッションの全体議論においては、ESCの実現に向け、各都市にはそれぞれ異なる優先順位やノウハウ、課題があること、各都市がその社会経済状況に応じて、世界全体のGHG削減にも寄与しうる環境的に持続可能な低炭素都市開発戦略を策定し、その対策評価を実施するには、各自治体共通のGHGインベントリ算定方法やMRV手法を構築する必要があるという共通見解が得られた。また、そのような共通の手法の策定は、各自治体による、科学的知見に基づいた、実行可能な低炭素開発戦略やグリーン成長戦略や、都市開発の一部としてのMRVの推進にもつながるという認識も共有された。これらの取り組みを具体的に推進するには各都市の実情に応じたさらなる研究が必要となる。本セッションの最後には、本セッションの共同議長が、低炭素アジア研究ネットワーク(Low Carbon Asia Research Network: LoCARNet)を紹介し、各国に根づいた研究能力と科学的知見の醸成には、研究者間の協働、研究者と各国、各自治体の政策決定者との対話の促進が重要であることを強調した。

4. おわりに

今回のESC HLSにおいても、アジア地域の小都市から大都市、各国政府、国際機関、民間企業、NGO/NPO、研究機関の参加者から、低炭素社会実現にかかる課題克服に向けて多様な知見や経験、事例が報告され、活発な意見交換がなされた。アジアの都市の経済発展とともに、環境的に持続可能な低炭素社会を構築するには、エネルギー、廃棄物、交通等の対策と、雇用の促進や経済開発などの目的と都市の将来ビジョンがうまくリンクしている必要がある。GHGインベントリに関して言えば、2014年からは途上国も隔年で国家GHGインベントリをUNFCCCに対して報告することが義務付けられたことに対応して、各国政府機関の関係職員に加え、自治体の関係職員に対するインベントリ作成能力の向上を支援する仕組みが必要であろう。特にアジア途上国に対しては、地域唯一の付属書I国として毎年インベントリ報告を行っている日本が主導して支援を推進していくことが重要である。筆者は、アジアにおける持続可能な低炭素都市開発の実現に向け、科学的知見に基づきながらセクター横断的で学際的な知見を構築・共有していくためのスキームについて、トップダウン・ボトムアップ的手法それぞれの特徴を整理しながら検討していきたい。

脚注

  1. Clean Air Initiative for Asian Cities Center (CAI-Asia) and Cities Development Initiative for Asia (CDIA), 2012 “Climate Change Plans and Infrastructure in Asian Cities” http://cleanairinitiative.org/portal/sites/default/files/documents/Climate_Change_Plans_and_Infrastructure_in_Asian_Cities_-_Low_Res.pdfを参考。
  2. 第4回ESC HLSラオス政府からの出席者の発表http://www.hls-esc.org/documents/4hlsesc/4th%20HLS%20ESC%20APPENDIX%20D.pdfを参考。
  3. ESC HLSの開催背景、および、第1回〜第3回までのESC HLSの概要については、朝山由美子「アジアの都市による環境的に持続可能で低炭素社会実現に向けた取り組み—東アジア首脳会議環境大臣会合 第3回「環境的に持続可能な都市ハイレベルセミナー」の参加報告—」地球環境研究センターニュース2012年6月号を参考にされたい。
  4. 第4回HLSの議長サマリーの詳細は、http://www.hls-esc.org/documents/4hlsesc/4th%20HLS%20ESC%20Chair's%20Summary.pdfを参照されたい。また、プログラム、各発表資料は、http://hls-esc.org/node/7を参照されたい。

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