2013年4月号 [Vol.24 No.1] 通巻第269号 201304_269003

環境研究総合推進費の研究紹介 14 温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」により推定された陸域二酸化炭素吸収量を陸域炭素循環モデル改善に利用する 環境研究総合推進費RF-1007「GOSAT衛星データを用いた陸域生物圏モデルの改善とダウンスケーリング」

  • 福島大学共生システム理工学類 准教授 市井和仁
  • 福島大学共生システム理工学類 研究員 近藤雅征
  • 名古屋大学大学院環境学研究科 助教 佐々井崇博
  • 大阪府立大学生命環境科学研究科 助教 植山雅仁

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1. 研究背景

地球温暖化は現代の地球環境問題における大きな課題の一つであり、温暖化メカニズムを解明する上で、地球環境の将来予測を正確に行うことが重要である。しかし、大気中の二酸化炭素濃度の予測精度はいまだ十分ではないと考えられている。その一つの要因として、陸域において、いつどこでどの程度二酸化炭素が吸収されているのかを正確に予測できてないことが挙げられる。例えば、複数の温暖化予測モデルを比較した実験では、2100年時点で陸域が二酸化炭素の吸収源なのか、放出源なのか、ということ自体もモデル間で一致しない。したがって、温暖化を予測する上で、陸域における二酸化炭素の収支をより正確に予測できるモデルの構築が急務とされている。

陸域モデルの推定精度を向上させるためには、モデルを検証、または制約させるさまざまな観測データが必要である。なかでも、陸域における炭素循環をコントロールする直接的な生態系プロセスである、光合成、呼吸、分解、攪乱などのデータは必要不可欠である。これまで、さまざまな地上観測サイトで大気—地表間での二酸化炭素交換量の観測が行われてきた(例:AsiaFlux http://www.asiaflux.net/)が、サイトでの観測では広域を把握することは困難である。また、衛星観測(例えばTerra衛星/MODISセンサなど)を組み合わせることで、観測に基づく光合成量などの広域推定が試みられている(例:BEAMSモデル http://db.cger.nies.go.jp/dataset/terres_carbon/index.html)が、光合成量に匹敵する大きさをもつ呼吸・分解(生態系呼吸量)や大気—地表間の二酸化炭素交換量については十分な広域観測が欠如しており、モデルの改良を困難にさせる一つの要因となっている。

2009年に打ち上げられた「いぶき」は、宇宙から地球大気の二酸化炭素濃度を計測することを主目的とした世界初の衛星である。衛星からの大気中二酸化炭素濃度の全球観測があれば、これらの情報をもとに、大気—地表間の二酸化炭素交換量が推定できる。従来は、大気中の二酸化炭素濃度の観測は地上観測に限られていたが、衛星観測を通して全球観測が可能になり格段に観測点を増やすことができる。このため、従来の地上観測値のみを用いた推定よりも、大気—地表間の二酸化炭素交換量をより正確に推定できることが期待されている。

fig. 炭素循環の概要

図1陸域における二酸化炭素(炭素)循環の概要と大気—地表間の二酸化炭素交換量を制約するためのデータ

2. 研究目的

本推進費では、「いぶき」の観測から推定されたデータ(大気—地表間の二酸化炭素交換量)を有効利用することによって、陸域における二酸化炭素収支を予測するモデル(陸域炭素循環モデル)を高精度化することを目的とした。陸域炭素循環モデルに対する新たな制約が加わることによって、モデルが高精度化されれば、温暖化予測における不確実性の低減にも貢献できることとなる。

3. 研究方法と成果

上記の目標の達成のため、本研究では、下記の項目の研究を行った。その方法と成果の概要を以下に述べる。

(1) 「いぶき」から得られた大気—地表間の二酸化炭素交換量を利用した生態系呼吸量の推定

「いぶき」からの大気—地表間の二酸化炭素交換量を陸域炭素循環モデルに適用するためには、まず、「いぶき」の二酸化炭素交換量データをモデルに合わせた細かい空間スケールのデータに変換する必要がある。「いぶき」の大気—地表間の二酸化炭素交換量プロダクトでは、計算の単位が亜大陸スケール(レベル4Aプロダクト http://www.gosat.nies.go.jp/jp/gosat/page5.htm)となっているためである。

本研究では、「いぶき」による二酸化炭素収支の推定値、地上観測と衛星観測により算出された光合成量と他データを組み合わせることにより、生態系呼吸量の高解像度マッピングを行った(図2)。「いぶき」による二酸化炭素収支の推定値は空間解像度が粗い一方で広域平均の収支が既存の手法よりも不確実性が小さくなったことで、このような手法が可能になると考えている。さらに、現在は、更なる検証を進めることによって、精度向上を目指している。

fig. 大気—陸域二酸化炭素交換量

図2本研究で推定された生態系呼吸量

(2) 「いぶき」データなどを利用した陸域炭素循環モデル改善

このダウンスケールされた大気—地表間の二酸化炭素交換量プロダクトなどのさまざまなグローバルプロダクトを陸域炭素循環モデルの制約として用いたモデルパラメータ最適化方法の構築を行い、陸域炭素循環モデルがどの程度改善されるのかを評価した。

「いぶき」データをもとに作成した上記の陸域二酸化炭素収支や呼吸・分解量、その他光合成量やバイオマス量などのグローバルデータなどを制約として陸域炭素循環モデルBiome-BGCのパラメータ最適化・モデル改善のフレームワークを構築した。その結果、本課題で構築したような二酸化炭素収支の広域データを用いると多くの森林地域でモデルの改善が望めることがわかった。一方で、二酸化炭素収支データだけでは十分なモデル改善を望むことができず、今後はバイオマス量や林齢等の他のデータの構築も必要であることがわかった。

(3) 地域別の解析

これらの手法を、シベリア域、アラスカ域などの大陸・地域スケールに適用した。シベリア・アラスカともに、大気二酸化炭素濃度から推定された大気—地表間の二酸化炭素収支と陸域炭素循環モデルを用いた二酸化炭素収支については、その大きさに違いはあるものの、季節変動についてはある程度一貫した結果を得ることができた(アラスカにおける結果を図3に示す)。また、シベリア・アラスカともに10km以下の空間スケールでの二酸化炭素収支の推定を行うことができた。

fig. 陸域二酸化炭素吸収量

図3アラスカ域における、地上観測 + 衛星観測による陸域二酸化炭素吸収量(黒線)と大気二酸化炭素濃度から推定された陸域二酸化炭素吸収量(CarbonTracker 2011)(灰色線)の比較結果

4. 現在の取り組み

本課題においては「いぶき」からの二酸化炭素収支の推定結果を利用した陸域炭素循環モデルの改善にむけた指針を示すことができた。その次のステップとして、「いぶき」を含めたさまざまな地球観測衛星データを複合利用することにより、陸域炭素循環モデルの更なる高精度化をはかることができるとの結論に至った。幸いにも新規課題が採択されたため、RFa-1201「衛星データを複合利用したモデルーデータ融合による陸域炭素循環モデルの高精度化」(平成24年度〜26年度)として研究を進めている。本記事の著者に加え、小林秀樹氏(海洋研究開発機構)が加わり、衛星観測データを有効利用した新たな陸域炭素循環モデル(モデル—データ融合型陸域炭素循環モデル)の提案と、それを用いた現在・将来の陸域における二酸化炭素収支の変動の解析を行う予定である。詳しくは、別の機会に紹介したい。

目次:2013年4月号 [Vol.24 No.1] 通巻第269号

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