2011年10月号 [Vol.22 No.7] 通巻第251号 201110_251007

温暖化影響評価のための海洋モニタリング

生物・生態系環境研究センター 生物多様性評価・予測研究室 主任研究員 山野博哉

海水温は、海洋生物の多様性や分布に影響を与えている最も大きな要因で、地球温暖化にともなう水温上昇は、海洋生物の分布の高緯度への移動や拡大をもたらすと考えられます。こうした生物の分布や多様性を長期にモニタリングすることにより、生物の適応メカニズムを解明できるとともに、人間社会がその変化に適応するための基礎データを提供できると期待されます。

日本近海では、過去100年で冬季の水温が1.1〜1.6度上昇している(図)と同時に、日本は南北に長いため、もともと熱帯・亜熱帯に起源を有するさまざまな生物の分布北限が各所で認められます。そのため、日本は水温上昇の影響を観測するのに最適な地域といえます。われわれは、日本の温帯域が分布北限にあたる造礁サンゴ(以下、サンゴ)に着目し、サンゴとそれに共生する褐虫藻のモニタリングを今年度より開始しました。サンゴは、熱帯や亜熱帯でサンゴ礁を形成して他の生物の棲み場を提供するとともに、光合成による一次生産を担う、生態系の基盤となる生物です。そのため、サンゴ分布が変化すると、それにともなって他の生物の分布も変化します。水温上昇によって熱帯・亜熱帯に生息するサンゴ種の温帯への分布拡大や、温帯でのサンゴの現存量の増加が起こることが考えられます。また、サンゴに共生する褐虫藻は遺伝的にいくつかのタイプがあることが知られており、サンゴの環境適応に深く関係している可能性があります。サンゴと褐虫藻の変化をモニタリングすることによって、地球温暖化の海洋生態系影響を評価するための基盤となる情報を提供することができます。

fig. モニタリング海域

日本周辺の過去100年間における冬季の水温上昇(℃)(気象庁資料)と、モニタリング海域(blue pointは定点サイト)

われわれは、今年度から、国立環境研究所地球環境研究センターの地球環境モニタリング事業の一環として、サンゴと褐虫藻の変化のモニタリングを開始しました。開始に先立ち、2009年度からさまざまな検討を進めてきました。南から北に緯度勾配に沿った数海域でサンゴ分布を調査して温暖化影響の指標種(南に分布する種)を選定し、その上で、過去から現在までのサンゴ分布データを収集して指標種を用いてサンゴ分布北上を実証しました(写真)。観測海域(図)はこれらの成果に基づいて決定されました。また、観測海域からサンゴを採取して褐虫藻を取り出し、褐虫藻の遺伝子解析分析や培養技術を開発しました。継続的なモニタリングを行うためには、こうした科学的・技術的検討とともに、現地の方々の協力や他のモニタリング事業等との連携が不可欠です。観測海域の漁業協同組合や現地の行政・研究機関の方々との情報交換や、環境省モニタリングサイト1000事業などとの連携を行い、継続的なモニタリング体制を構築してきました(表)。これらにより、長期モニタリングを行うための準備が整い、今年度から順調なスタートを切ることができました。

photo. スギノキミドリイシ(長崎県五島)

写真最近分布北上が確認されたスギノキミドリイシ(長崎県五島)

共同研究機関

熊本県天草 九州大学理学部附属天草臨海実験所
高知県竜串 黒潮生物研究所
和歌山県串本 串本海中公園センター
静岡県伊豆 NPO法人OWS
千葉県館山 お茶の水女子大学湾岸生物教育研究センター、NPO法人OWS

温帯のサンゴは、熱帯・亜熱帯のサンゴと比べて研究が進んでおらず、その分布、加入や成長といった群集の維持機構の解明を同時に進めていく必要があります。また、本モニタリングはサンゴとそれに共生する褐虫藻を対象としていますが、サンゴの変化にともなって変化すると考えられる他の生物のモニタリングを同時に進める必要があります。現在、気候モデル出力を用いた温暖化の生物への影響予測が盛んに行われていますが、予測やその検証を行う上で実際の観測データは不可欠です。こうした研究を進めるにあたり、定点サイトは地球環境研究センターが実施している大気モニタリングにおける波照間ステーションなどと同様、多様な観測データの得られる貴重な共通プラットフォームとして機能すると期待されます。定点サイトとそこから得られるデータを活用し、所内外の方々と協力して、温暖化影響の実態を着実に把握していきたいと思います。

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